ことわざ“情けは人の為(ため)ならず”にある「他人に親切にすると、自分も他人から親切にされる」といった人社会の特異的な仕組みは、5-6歳児の日常生活のうちから起き出していることが、大阪大学大学院人間科学研究科の清水真由子特任研究員や大西賢治助教らによる、幼児たちの行動観察で明らかとなった。
人は日常生活で困っている他人を見ると、助けてあげたい衝動にかられ、多くの場合、何らかの親切を行う性質を持っているという。しかし、こうした動物界の中でも特異的な人の「利他行動」が、どのような仕組みで広範囲に及び、“親切の交換”が維持されているのかは大きな謎だった。
研究グループは、大阪府内の保育園で5-6歳児70人(男女各35人)を対象に、日常生活での幼児同士の利他行動の様子を観察した。親切な幼児が他の幼児に何か手伝ってあげたり、物を貸してあげたりしている様子(利他行動)を近くで見ていた第三者の幼児が、その直後(10分以内)に、最初の親切な幼児に対して、今度は自分が利他行動者としてどのような親切な行動、あるいはどのような「親和行動」を示すのかを調べた。親和行動とは、体に触ったり、肯定的な内容で話しかけたり、自分の持ち物を見せたりする行動のことで、相手に対して「仲良くしたい」「好ましい」などと思っているときによく起こる。
こうした親切シーンの目撃直後に派生する第三者の行動を、12人の親切幼児の場合について分析した。さらに、その第三者幼児と親切幼児とが普通に一緒にいるときを「普段場面」として、第三者幼児の親切幼児に対する親切行動と親和行動を観察し比較した。
その結果、親切シーンを見た第三者の幼児は、利他行動と親和行動がともに普段場面よりも2倍以上の高頻度で起きていた。さらに利他行動の頻度は1時間当たりの換算で約5回、親和行動の頻度は25回ほどと、親和行動の方が増えていることが分かった。幼児が他者を評価する際には、その他者と「仲良くしたい」、「好ましく思う」といった単純な感情が重要な役割を果たしているのではないかという。
研究グループによれば、幼児期の日常生活でみられる「他者間のやり取りから他者の評価を形成し、親切な者にはより親切に振る舞う」という傾向は、人社会において親切が広く交換される仕組み(「社会間接互恵性」)の成立に関わる重要なルールだという。その一方で、「他者に親切にしない者には、親切にしない(罰を与える)」といったルールの存在も他の研究で指摘されていることから、さらに検討していく予定だ。
今回の研究の意義について、研究グループは「ヒトの強い利他性は、個体間の葛藤を和らげ、仲間とうまくやっていくために備わった心の機能だ。その特徴を明らかにすることは、ヒトの社会で起きるさまざまなレベルの葛藤の顕在化を防ぎ、葛藤をうまく収束させるための鍵になると考えられる」と述べている。