産業技術総合研究所(産総研)と沖縄科学技術大学院大学(OIST)は6月21日、米・モンタナ大学、放送大学などとの共同研究により、植物の汁を吸う農業害虫「コナカイガラムシ」(半翅目カイガラムシ上科コナカイガラムシ科に属する昆虫の総称)では、共生器官の細胞内に極度にゲノムの縮小した2種の細菌が入れ子状になって共生し、さらに過去に多様な細菌から昆虫ゲノムに「水平転移」した20種以上の遺伝子が共生器官で発現し、それらがモザイク状かつ相互補完的にアミノ酸合成、ビタミン合成、細胞壁合成などの共生関係に必須な複雑な代謝経路を構築していることを発見したと共同で発表した。
成果は、産総研 生物プロセス研究部門の深津武馬首席研究員(兼生物共生進化機構研究グループ長)、同・古賀隆一主任研究員、OISTの佐藤矩行教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月21日付けで米学術誌「Cell」に掲載された。
ヒトを含む「真核生物」(細胞核を持つ生物のことで、持たないのは「原核生物」)の起源については、細胞内共生説が基本的な定説だ。昆虫、植物、菌類、原生生物などで多種多様な細胞内共生関係が見られるが、すべて真核細胞が原核細胞、あるいは真核細胞を取り込んだ内部共生である。真核細胞の進化過程の理解に関係する、原核細胞が原核細胞を取り込む形の細胞内共生は、長年、実例が知られていなかった。
しかし近年になって、害虫「ミカンコナカイガラムシ」(画像1)の体内に「菌細胞塊」(画像2)という共生器官があり、その細胞の中に共生細菌「トレンブレイヤ」(β共生細菌)が存在し、さらにそのβ共生細菌の内部に共生細菌「モラネラ」(γ共生細菌)が存在するという、入れ子状の複雑な共生システムが発見された(画像3)。トレンブレイヤはβプロテオバクテリアに属し、モラネラはγプロテオバクテリアに属する共生細菌だ。
画像1(左):ミカンコナカイガラムシ。画像2(中):その腹部にある共生器官の菌細胞塊。画像3(右):個々の菌細胞の細胞質中に不定形のβ共生細菌(青色)が、さらにその内部に入れ子状にγ共生細菌(赤色)が入っており、宿主の細胞核(緑色)には多様な細菌由来の水平転移遺伝子が存在する |
その後、ミカンコナカイガラムシのβおよびγ共生細菌の全ゲノム塩基配列が決定され、さらに多様なコナカイガラムシ類の比較研究により、コナカイガラムシ亜科(Pseudococcinae)のミカンコナカイガラムシなどでは菌細胞中にβ共生細菌とγ共生細菌が入れ子状に共生しているのに対して、ワタカイガラモドキ亜科(Phenacoccinae)の「キュウコンコナカイガラムシ」などでは菌細胞中にβ共生細菌しか存在せず、γ共生細菌を獲得する前の祖先的な内部共生システムである可能性が示唆されたのである(画像4・5)。
研究チームがキュウコンコナカイガラムシのβ共生細菌のゲノムを調べたところ、175個のタンパク質をコードする遺伝子が保有されていた。ミカンコナカイガラムシのβ共生細菌は121個のタンパク質をコードする遺伝子を保有しているため、ミカンコナカイガラムシの祖先がγ共生細菌を獲得してから現在に至るまでに、β共生細菌のゲノムから少なくとも50個以上の遺伝子が失われたと推定された(画像5)。
キュウコンコナカイガラムシのβ共生細菌は、大部分の翻訳関連の遺伝子群を保有していた(画像7の青)が、ミカンコナカイガラムシのβ共生細菌ではほとんどの翻訳関連遺伝子群が失われ、γ共生細菌の遺伝子群(図6の橙)がそれらの代謝経路を相補する形になっていた。すなわち、β共生細菌はγ共生細菌の獲得に伴って翻訳関連遺伝子群を失ったと推定されるという。
ミカンコナカイガラムシ(画像6:左)およびキュウコンコナカイガラムシ(画像7:右)の内部共生 システムにおける翻訳関連遺伝子群の構成。●の色は遺伝子の由来または有無を示す。●の数はそのカテゴリに属する遺伝子の数を表したもの。例えばアミノアシルtRNA合成酵素をコードする遺伝子は、タンパク質を構成する20種類のアミノ酸に対応した20種類がある |
カイガラムシ類は一生を通じてタンパク質をほとんど含まない植物の汁液のみをエサとするため、共生細菌からの10種類におよぶ必須アミノ酸の供給が必要である。キュウコンコナカイガラムシのβ共生細菌では、合成系遺伝子がすべてそろっている必須アミノ酸は「トリプトファン」と「アルギニン」の2種のみで、残りの8種のアミノ酸の合成経路が不完全となっていた(画像9)。
ミカンコナカイガラムシでも同様に、合成系遺伝子がすべてそろっている必須アミノ酸はトリプトファンとアルギニンの2種のみであったが、β共生細菌の遺伝子(画像8の橙)とγ共生細菌の遺伝子(図8の青)がモザイク状に組み合わさって合成系が完成されていた。ほかの8種の必須アミノ酸についても同様に、β共生細菌の遺伝子とγ共生細菌の遺伝子がモザイク状に組み合わさって不完全な合成経路を構築していたのである(図8)。
ミカンコナカイガラムシ(画像8:左)とキュウコンコナカイガラムシ(画像9:右)の内部共生システムにおける必須アミノ酸合成系遺伝子群の構成。●はそれぞれアミノ酸合成系の遺伝子(上/下に示すアルファベットは遺伝子名)で、アミノ酸合成経路の順に並べて示したもの。●の色は遺伝子の由来または有無を示したもの |
次に、共生細菌の必須アミノ酸合成経路で欠けている遺伝子はどうなっているのかを明らかにするために、ミカンコナカイガラムシの共生器官と全身で発現している宿主昆虫遺伝子を網羅的な解析が行われた。その結果、多くの欠失遺伝子については、似た機能を持つ宿主昆虫の遺伝子が共生器官で発現して、相補されているらしいことが判明(画像8の緑)。ところが、3種の欠失遺伝子については、宿主昆虫の遺伝子ではなく、β共生細菌やγ共生細菌とは異なる細菌に由来する遺伝子に相補されていることがわかった(画像8の黄)。
共生細菌が供給する栄養素として重要なビタミンBの合成系遺伝子群についても、同様の結果が得られたという(図10・11)。ミカンコナカイガラムシのリボフラビン(ビタミンB2)合成経路における4種の遺伝子の内、2種はγ共生細菌の遺伝子(図10・リボフラビン橙)であったが、残りの2種は、β共生細菌やγ共生細菌とは異なる細菌に由来する遺伝子(図10・リボフラビン黄)であった。ビオチン(ビタミンB7)についても、γ共生細菌の6遺伝子(図10・ビオチン橙)に加えて、最終段階の3遺伝子(図10・ビオチン黄)が他の細菌由来であった。
ミカンコナカイガラムシ(画像10:左)およびキュウコンコナカイガラムシ(画像11:右)の内部共生システムにおけるビタミンB(VB)合成系遺伝子群の構成。●はそれぞれVB合成系の遺伝子(上に示すアルファベットは遺伝子名)で、VB合成経路の上に順番に並べて示したもの。●の色は遺伝子の由来を示したもの |
細胞壁合成系の遺伝子群ではさらに極端な結果となった(画像12)。ミカンコナカイガラムシの共生器官において、細菌細胞壁の主要構成成分であるペプチドグリカンの合成系遺伝子群は2個だけがγ共生細菌の遺伝子(図12・橙)で、残りはβ共生細菌やγ共生細菌とは異なる細菌に由来する遺伝子(図12・黄)であった。
画像12。ミカンコナカイガラムシの内部共生システムにおける細胞壁合成系遺伝子群の構成。●はそれぞれ細胞壁合成系の遺伝子(上/下に示すアルファベットは遺伝子名)で、ペプチドグリカン合成経路の順に並べて示したもの。●の色は遺伝子の由来または有無を示したもの |
ミカンコナカイガラムシのゲノム解析から、これらβ共生細菌やγ共生細菌とは異なる細菌に由来する遺伝子は、すべて宿主昆虫の核ゲノム上に存在することが確認された。つまりコナカイガラムシは、その細胞内に2種類の共生細菌を入れ子状に保有するだけでなく、多種多様な細菌からさまざまな代謝系遺伝子を水平転移(親→子への垂直伝達ではなく、個体間や種すら超えて遺伝子が伝達されること)により獲得していたのだ。つまりコナカイガラムシは、これらの共生細菌の遺伝子と水平転移した遺伝子を組み合わせて機能的な代謝経路を構築することで、生存を可能にしているという、従来の常識を越えた複雑な共生システムであることが判明したのである。
分子系統解析の結果、これら水平転移遺伝子の多くはボルバキア、リケッチア、ソダリス、アルセノフォナス、カルディニウムなど、昆虫類に広く見られる非必須の共生細菌の遺伝子に近縁であることが判明した。しかし現時点では、ミカンコナカイガラムシはこれらの共生細菌に感染していない。おそらくコナカイガラムシ類の祖先が、これらの共生細菌に感染していた時期があり、遺伝子の一部を核ゲノムに水平転移した後に、感染が失われたものと推定されるという(画像13)。
今回の発見は、生物における個体、細胞、ゲノムとは何か、それらはどのように構築され、進化してきたのかという根源的な問いに新たな観点を提示するという。例えば細胞内共生説において、「ミトコンドリア」や「葉緑体」のように細胞内小器官として残ったものは一部にすぎず、大部分の共生細菌は一部の遺伝子のみを宿主核ゲノムに水平転移した上で消失したのではないか、そのような水平転移遺伝子も真核細胞の進化に寄与してきたのではないか、初期の真核細胞は多数の細菌のキメラとして生じたのではないか、といった仮説に具体的な根拠を与えるものだとする。
研究チームは今後、コナカイガラムシの内部共生システムを構築する宿主昆虫の遺伝子、β共生細菌の遺伝子、γ共生細菌の遺伝子、そして水平転移遺伝子がコードするタンパク質などの遺伝子産物の機能解析を進め、この複雑な共生システムがどのように構築され、働いているのかを具体的に解明していく予定だ。
さらに、多様な生物における内部共生システムの探索と解明を進めていくことにより、コナカイガラムシで発見された現象が、特殊なものなのかほかの生物でも見られるのかを明らかにし、共生進化と遺伝子水平転移の関係について追求していきたいとしている。