「トンボより絵柄」をもう少し具体的なポイントとしてあげてみよう。両面印刷されたものは、必ずしも表裏見当が正確に合っているかどうかはわからない。そして紙は保管状態や印刷当日の気候、印刷機の状態によって、伸縮したり波打を起こしたりする。薄井さんの断裁は、こうした条件を踏まえ、後工程の職人が気持ちよく作業できるようにすることが第一の目標だ。

「断裁トンボは信じない」という裁ち方

例えば、折り加工がある場合は、折りを想定した色の境目(つぶし)を基準点に仕上がりサイズを出して断裁する。ここで折りトンボに合わせて仕上がりサイズを出すと、折ったときに「つぶし」がズレたり、左右の寸法が足りなくなってしまうかもしれない。そうした事後トラブルを予測して、あらかじめ「一番折りやすく絵柄を生かす位置」で断裁するわけだ。

この考え方が薄井さんの断裁法で最も重視するポイントになっていて、冊子印刷でもページをまたがって見開きいっぱいに絵柄がある場合は、紙の斤量やインク膜の厚さ、中心になる絵柄を見ながら外側に向けて仕上がりサイズを出す。

「いわゆる"現物合わせ"っていうやり方ですよね。実際に仕上がり指示通り折ったりして、どこを延ばして詰めるかを確認する。万が一、印刷で表裏の見当精度が出ていなくても、見開き部分を追いかけながらページごとに順を追って絵柄を合わせながら断裁しますよ。断裁の仕事で一番重要なのが、後加工でも機械に流すときに基準となる"90度"を出すこと。これが数ミクロン(度)でもずれると、端物でも冊子物でも断裁を重ねたり、綴じを行う過程でズレが大きくなっていきます。単位でいえば100分の1くらいの誤差が、作業と仕上がりに大きな支障を与えるのです。だから1刃目と2刃目は一番気を遣います」

「"職人としての名前"がある」仕事

こうして後加工にまで気を遣う薄井さんの仕事は、アルプスPPSで中とじ製本、折りを担当する職人仲間からも絶大な信頼を得ている。彼らの言葉に共通するのは「薄井さんの仕事には"職人としての名前"がある」ということだ。

「単純な二つ折りでも複雑なミニ折り(A4サイズを4回以上折るような作業)でも、薄井さんの断裁は折り機に掛ければすぐにわかります」と折り加工の職人、巴山さんは語る。「折り機が操作できる断裁職人は少なく、折り機を理解して断裁してくれる」という意味でも「薄井さんの腕は本物」なのだそうだ。

加工が難しいミニ折り(写真左)の折り部分に、中綴じパンフレットの繋ぎ目に、細かな技がうかがえる。「中綴じ冊子でこういった枠線がぴったり合う。隣り合ったページにまたがる図版やテキストが合う。これは当たり前のようでしっかりした加工が必要なんです」と中綴じ担当の篠瀬さん

断裁前の下準備は、刷り本(印刷本紙)を紙ぞろえして空気を抜く"捌き"作業。ここは、薄井さんの弟子である岡安さんが担当。岡安さんも前職は紙問屋の断裁師という紙のプロ。しかし「薄井さんの仕事は勉強になる」と話す

次回、後編では薄井さんの断裁の過程を追っていく。