九州大学(九大)は6月7日、生体関連物質として広く知られるコバルトの「ポルフィリン錯体」が酸素発生に対する高活性触媒となることを実証したと発表した。
成果は、九大大学院 理学研究院/カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所(I2CNER)/分子システム科学センターの酒井健教授、I2CNERのAlexander Parent博士研究員、同・理学府大学院生の中薗孝志氏らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、6月7日付けで英国王立化学会のオンラインジャーナル「Chemical Communications」に掲載された。
太陽光エネルギーを用いて水の電気分解を引き起こすという人工光合成と関連する技術においてポイントとなるのが、水から水素ガスと酸素ガスを発生させるという反応がいずれも遅いという点で、そのために高活性な触媒の開発が重視されている。
天然の光合成においては、4つのマンガンイオンからなる「クラスター触媒」(金属イオンを3つ以上持つ分子性の触媒)が酸素発生に対する高活性触媒として機能することが知られているが、ここ数年でいくつかの大きな進展があったものの、今もってその反応機構は完全解明されていない。それゆえ、分子構造が明らかとなっている種々の触媒について、反応機構を詳細に解き明かすと同時に、構造や電子状態が触媒活性に及ぼす諸因子を解明することが、高活性触媒を開発する上で重要なカギとなってくるのである。
そこで研究チームは今回、中心にコバルトイオンを持つポルフィリン誘導体に着目し、高い酸素発生触媒能を持つことを見出した。同誘導体は、その中心部にある4個の窒素原子でもって亜鉛、鉄、コバルト、マグネシウムなどのさまざまな金属イオンを捕捉して安定な「錯体」(金属イオンに「配位子」と呼ばれる非金属イオンや分子などが結合した化合物)を形成するという特徴を持つ。ちなみにこれらの化合物は生化学的に重要なものが多く、例えば、赤血球のヘモグロビン、ビタミンB12、葉緑素の「クロロフィル」、ヘムタンパク質の「チトクローム(シトクローム)」などが金属ポルフィリン誘導体として知られている。
研究チームは、さらに反応速度論的研究と計算化学による研究成果を基に、酸素発生反応が画像2の反応過程に従って進行することを提案した。画像2のスキームによれば、コバルトイオンに結合した水分子は電子と水素イオンを段階的に放出し、最終的には、ラジカルとしての性質を帯びた金属上の酸素原子「オキシルラジカル」(金属イオンに結合した酸素原子がラジカル的な性質を帯びた状態に相当)が2つ相互作用することにより、酸素―酸素間の結合を形成。その後に酸素分子を放出し、錯体触媒自身は開始時の状態に戻ると考えられるという。
近年、主として「ルテニウム」(原子番号44:白金族元素の1種のレアメタル)や「イリジウム」(原子番号77:白金族元素の1種のレアメタル)を中心金属に持つ酸素発生触媒の研究が盛んに行われてきていた。しかし今回の研究では、大量普及が可能なコバルトを中心金属に持つ高活性な酸素発生触媒が見出された形だ。
それに加え、「光増感触媒」と組み合わせることにより、可視光照射下における光酸素発生反応に関する実証試験にも成功したという。今後は、この光化学過程によって生じる水素イオンと電子を水素ガス生成反応へと導くことにより、可視光(=太陽光)エネルギーを水素エネルギーへと変換することのできる人工光合成システムへの応用研究が可能となるとしている。
研究チームは現在、今回開発されたコバルトのポルフィリン化合物が、光反応中に徐々に光劣化する現象が認められたことから、そうした劣化を極限まで抑制できる副反応制御法の研究を進めているとした。さらに、発生する酸素分子が光励起種と相互作用して妨害反応を引き起こすことも突き止めたとし、そのような妨害反応を著しく抑制できる立体制御因子の解明と反応物輸送経路の確保を試みているとしている。