海洋研究開発機構(JAMSTEC)は6月5日、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故によって大気中に放出された放射性セシウム(Cs)が事故の約1カ月後には西部北太平洋の深海まで到達していたこと、ただしその到達量は海洋表層に到達した放射性Csの1%以下であり、ほとんどの放射性Csは海水に溶存していることを明らかにしたと発表した。
成果は、JAMSTEC 地球環境変動領域の本多牧生チームリーダー、同・むつ研究所の川上創技術研究主任らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間6月3日付けで「Biogeosciences」に掲載された。6月7日に東京で開催される「環境放射能除染学会国際シンポジウム」でも報告の予定だ。
福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の多くは、水素爆発、ベントにより大気経由で、そして汚染水として西部北太平洋に供給された。そのため、海洋へ供給された放射性物質による環境・生物・生活への影響を推定するために、放射性物質の海洋内での移動、拡散状況、海水・海洋生物・沈降粒子・海底堆積物への分配状況を把握することが喫緊の課題となり、多くの調査が開始されたのである。JAMSTECも「東日本大震災海洋科学調査研究」の一環として、海洋の放射性物質観測・数値シミュレーション調査研究を実施した形だ。
研究チームでは、2010年から画像1の西部北太平洋の観測定点2点(亜寒帯循環観測定点K2:福島原発から北東へ約2000km、亜熱帯循環観測定点S1:福島原発から南東へ約1000km)に、画像2の「時系列式沈降粒子捕集装置(セジメントトラップ)」を設置、長期間連続して沈降粒子(マリンスノー)を捕集し、生物活動により海洋表層付近で生物により固定された(粒子態となった)二酸化炭素などの物質が深海に、いつ、どれぐらい、輸送されるかの観測研究を続けていた。
福島原発事故当時もセジメントトラップが観測定点K2とS1の水深200m、500m、4810mに設置されており、事故から約3カ月後の6~7月に、海洋地球研究船「みらい」のMR11-05航海において、これらのセジメントトラップを回収。セジメントトラップには事故前後のマリンスノーが捕集されていた。
2011年3月~2011年7月の間、観測定点K2、S1において12日間隔で捕集されたマリンスノーの内、水深500mおよび4810mについては試料が十分に捕集できたことから、放射性Csの測定を実施。どちらの観測定点においても水深500mでは2011年3月25日以降に捕集されたマリンスノーから、水深4810mでは2011年4月6日以降に捕集されたマリンスノーから、福島原発事故で放出された放射性Csが検出された(画像3)。
画像3は、2011年3月1日(1Mar)以降、各セジメントトラップで観測された放射性Csフラックス(134-Cs flux:棒グラフ)と濃度(134Cs activity:折れ線グラフ)だ。(a)は観測地点K2、深度500m。(b)もK2で、深度は4810m。(c)はS1で、500m。(d)もS1で、4810m。日付はそれぞれの捕集カップがマリンスノー捕集を開始した日。12日ごとにマリンスノーの捕集が行われた。BDLは放射性Cs濃度が検出限界以下のマリンスノー。水深500mでは2011年3月25日(25Mar)、水深4810mでは4月6日(6Apr)以降のマリンスノーから放射性Csを検出したのである。
次に、放射性Csが検出された日時と水深から、粒子状放射性Csの海中における沈降速度の計算が行われた。すると、海洋表層~水深500m間は1日当たり数10m、水深500m~水深4810m間は1日当たり180m以上であることが判明。またマリンスノーの放射性Cs濃度は両観測定点の水深500m、4810mの4箇所の平均で1グラム当たり約0.2ベクレルだった。
この濃度は2011年4月にそれぞれの定点の表層付近で別途観測された海水や動物プランクトンの濃度に比べて数10倍から数1000倍と高い。ただしその総量は大変小さく、水深500m以深に沈降してきた粒子状の放射性Csは放射性Cs-137で1平方メートル当たり0.5~2ベクレルだった。
両観測定点へ大気経由で運ばれてきた放射性Csは2011年4月の海水調査で、1平方メートル当たり約450~550ベクレルと推定されているので、水深500m以深に輸送された放射性Csは1%以下であり、ほとんどのものは海水に溶存していることが推察されるという。
なお、研究チームでは2011年以降も上記観測点にセジメントトラップを設置しマリンスノーの捕集を続けている。また2011年7月からは米国のウッズホール海洋研究所と協力して福島原発により近い場所(定点F1:福島原発から東南方向に約100km)にもセジメントトラップを設置、マリンスノーの捕集を開始した。さらにそれぞれの観測点で海水、生物試料、海底堆積物を引き続き採取している。
研究チームは今後、西部北太平洋のさまざまな場所で、より長く、より多くの海洋試料中の放射性Csを測定することにより、放射性Csの移動・拡散状況、海水による希釈速度、海底堆積物への堆積・再懸濁状況、さらには放射性Csの粒子としての存在形態、などをより詳細に解明していくとした。これらの観測結果は数値シミュレーションによる福島原発事故で放出された放射性物質の時間的拡散予測精度の向上と、それによる環境への影響予測の向上に寄与することが期待されるとしている。