北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は、燃料電池材料の心臓部にあたる水素イオン透過膜の設計に対して、水素イオン透過性を向上させるための、新しい方法を発見したと発表した。
同成果は同大マテリアルサイエンス研究科の長尾祐樹 准教授、東北大学、新潟大学、大阪大学、ドイツ航空宇宙センターらによるもので、詳細は米国化学会誌「Langmuir」に近日中に掲載される予定。
燃料電池の普及拡大に向け、材料の高性能化や低コスト化が求められており、それは水素-酸素型燃料電池やメタノール形燃料電池のような固体高分子形燃料電池の心臓部である水素イオン透過膜に対しても同様である。
現在の水素イオン透過膜の開発は、水を弾く疎水性材料中に、高い親水性部分を導入した分子設計に基づいて行われており、親水性部分を流れる水素イオンの流路の大きさや量を調節することで高効率化などの研究が進められてきた。しかし、流路の構造自体を制御することは分子間の相互作用を考慮しなければならないため、課題となっていたという。
そこで今回、研究グループは、人体中のタンパク質が、素早く水素イオンを流すことができることに着目。アミノ酸が重合してできた長いひも状の高分子であるポリペプチドの一部は、分子の鎖の向きが自発的にそろう性質があることから、それをヒントに水素イオンの流路の構造自体を制御できるのではないかという仮説を立て、それを実証する実験が行われた。
具体的には、アミノ酸であるアスパラギン酸を加熱重合し、ポリスクシンイミドを経て加水分解により部分水素イオン化されたポリアスパラギン酸を得た。
さらに、高分子鎖の配列のために酸化マグネシウム単結晶基板上に、スピンコート法により数十nmの厚さのポリアスパラギン酸薄膜を作成し、こうして得られた薄膜の電気伝導特性を調べたところ、粉末状のポリアスパラギン酸と比較して薄膜の電気伝導特性が1桁程度高い3×10-3S cm-1だえることを確認。
粉を圧縮成型したランダム配向のペレット状サンプル(青)と、自発的に配向した薄膜状サンプル(赤)の水素イオン伝導率(透過性)の湿度依存性。縦軸は対数表示の水素イオン伝導率で上がより高い値になる。横軸は湿度。湿度の増加とともに両者のサンプルともに水素イオン伝導率が高くなるが、薄膜状サンプルの方が1桁程度高い値を示すことがわかる |
加えて、キャリアは水素イオンであることも証明され、弱酸性基のカルボン酸の水素イオンがキャリアとなる水素イオン伝導体では、高い水素イオン透過膜が得られることが判明。赤外分光法の一種である多角入射分解分光法(MAIRS)により水素イオン透過膜の同定を行った結果、構造は非周期的2次構造で、分子鎖が基板に対して平行方向に配列した構造を含んでいることがわかり、狙った通りの自発的配向膜になることが明らかとなったという。
今回の結果は、水素イオン透過性の向上に分子の鎖の向きがそろうことが寄与する実験的証拠を示したもので、これにより、これまでの水素イオンの流路の大きさや量を調節することだけでなく、流路の構造自体を制御することで、水素イオンをより流しやすくすることが可能であることが示されたこととなった。
そのため研究グループでは今後、同成果を応用することで高効率・低コストな水素イオン透過膜の作成など、環境にやさしい燃料電池などへの応用展開が期待されるとするほか、今回の成果がアミノ酸を原料としたことで、「人体の中のタンパク質がなぜ素早く水素イオンを流すことができるのか」という問いに対するヒントも得られたとしており、人体中の水素イオンの働きに対しても知見が得られることが期待されるようになるとコメントしている。