高輝度光科学研究センター(JASRI)、東京大学生産技術研究所(東大生産研)、山形大学の3者は5月28日、フィンランド・タンペレ工科大学、大阪府立大学、マテリアルズ・デベロップメント・インク、米アルゴンヌ国立研究所との共同研究により、酸化物ガラスに存在する大きなかご状構造が「ガラス形成のしやすさ」を決めることを解明し、加えてこのガラスから酸素の一部を引き抜くことで、かご状構造内に電子が「溶け出して」ガラス構造が安定化することも究明したと共同で発表した。

成果は、JASRI 利用研究促進部門の小原真司主幹研究員、東大生産研の増野敦信助教、山形大 理学部物質生命化学の臼杵毅 教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間5月28日付けで米国科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

ガラスは、通常、原料を高温で「融体」(液体と同義語だが、狭義の意味としては融点の高い金属や酸化物の液体に使われる)にした後、急冷して製造する。しかし、どんな化学組成でもガラスになるわけではなく、含まれている物質の混合比(組成)を変えると結晶になってしまう。

このような現象を理解するためには、ガラスになりやすい組成、なりにくい組成という2つの材料でガラスを作製し、その構造を比較することが重要だ。しかしガラスの原子配列は結晶のような規則性を持っておらず、その構造を理解することは難しいとされている。この化学組成によってガラスになりやすかったりなりにくかったりする謎はガラスの本質に関わるもので、実は現在でもよくわかっていない。

セメントの主成分として工業的に使用されている「アルミン酸カルシウム」は、「酸化アルミニウム(Al2O3)」と「酸化カルシウム(CaO)」をある一定の割合で混合し結晶化させたものだ。セメント成分に近い化学組成では、ガラスも作製できるが、少し組成をずらしただけでガラスになりにくくなってしまう。

研究チームは、このガラスになりやすい組成となりにくい組成の2つを選んでガラスを作製し、その精密な構造を比較することで、ガラスのなりやすさを左右する要因を調べることにした。

まずは、見かけ上無重力状態にして融体を容器なしで保持し、不純物が混ざるのを防げる「無容器法」(画像1)を用いて、ガラスになりにくい組成のCaO(50%)-Al2O3(50%)(50CaO)と、なりやすいCaO(64%)-Al2O3(36%)(64CaO)の高純度ガラス球を作製(50CaOは通常の溶融法ではガラス化できない)。

画像1。無容器法を用いたガラス作製装置。試料は円錐ノズルから吹き出るガスにより浮遊し、CO2レーザーで加熱融解される。写真は浮遊している高温酸化物融体

2つのアルミン酸カルシウムのガラス球における原子のつながり方を調べるため、理化学研究所が所有しJASRIが運営する大型放射光施設「SPring-8」において、物質内の原子の配列を調べられる「高エネルギーX線回折(HEXRD)」と、X線吸収原子の電子状態(価数や配位構造など)および局所構造(周囲の原子種、配位原子の数、原子間距離)に関する情報を得られる「X線吸収微細構造(XAFS)」の2つの実験が実施された。

またアルゴンヌ国立研究所において、中性子を用いて物質内の原子の配列を調べる「中性子回折(ND)」実験も行われたのである。そして得られた実験データを基に、独ユーリッヒ総合研究機構のスーパーコンピュータによる大規模理論計算が実施されたというわけだ。

その結果、両組成において、Al原子周囲のO原子はほぼ4個、Ca原子周囲のO原子は約5個であり、組成による変化はないことが判明。従って、ガラス形成のしやすさの違いは、「AlおよびCa原子周囲のO原子の数」といった局所的な構造ではなく、別の要因が存在していることが明らかになったのである。

ガラス中では主にAlO4、CaOx(Xは平均で5)で表される局所構造ユニットは、O原子を共有してつながっている構造だ。そのつながり方を評価する指標として環状構造(リング)に注目し、次にその大きさの分布が調べられた。その結果、50CaOガラスでは3員環(3個のAlO4あるいはCaOxユニットがつながっている)が支配的で、最大でも8員環までしか存在しなかった(画像2・3)。

ところが、64CaOガラスの場合は、8員環から15員環までの大きなリングも多量に存在していることが判明。この結果から、研究チームは、リング分布の違いがガラス形成におけるしやすさとしにくさの違いの直接的原因となっていると結論づけた。研究チームは、SiO2を主成分とするガラスでも同じ傾向を見出しており、2011年に発表している。今回、まったく異なる組成で同様の結論が導き出されたことから、この発見がガラスのなりやすさの本質をとらえているという。

画像2(左):ガラス中に存在するリング構造の分布。画像3:そのリング構造

さらに、64CaOガラスに存在する極端に大きなリングは、構造ユニットがかご状構造を形成していることを示しており、研究チームはその点について「興味深いこと」とする。64CaOと組成が近い「12CaO・7Al2O3(CaO(63.2%)-Al2O3(36.8%))」という組成において、高温融体を還元雰囲気におき、酸素を取り去った後に急冷すると、「電子が溶け出した」ガラスである「エレクトライド(電子化物)」を得られることが近年報告された。このガラスでは、着色する、導電性を持つなど、さまざまな新しい機能が確認されている。

なおエレクトライドとは、イオン性化合物において「アニオン(陰イオン)」として電子を含むもののことをいい、アニオンとなる電子を固体中への電子の溶け出しとしてここでは表現されている。

今回の研究では、得られたガラスの構造モデルと電子状態から、このエレクトライド形成の原因も探られた。その結果、画像4に示されているように、O原子を抜き去った場合は、かご状構造の中に電子がトラップされることによりエネルギー的にガラス構造が安定化することが突き止められたのである。

画像4。64CaOガラスのかご状構造の中に溶け出した電子

なお研究グループは、日本はSPring-8、大強度陽子加速器施設「J-PARC」、スーパーコンピュータ「京」を連携利用できる世界でも類を見ない環境にあることから、今後、日本主導によるガラスの構造物性研究がさらに加速され、大きなブレークスルーにつながることが期待されるとしている。