理化学研究所(理研)は5月9日、化学・生化学実験や医療診断に適したマイクロ流体チップに組み込む小型電動バルブを開発したと発表した。

成果は、理研 生命システム研究センター 集積バイオデバイス研究ユニット 田中陽ユニットリーダー、東海ゴム工業 新事業開発研究所・SR研究室 藤川智宏研究員、東京大学大学院 工学系研究科 嘉副裕助教、北森武彦教授らによるもの。詳細はオランダの科学雑誌「Sensors and Actuaors B, Chemical」に近日掲載される。

数cm角の小さな基板上に幅・深さ1mm以下の流路を精密加工したマイクロ流体チップは、化学・生化学の複数の実験・分析行程を1つのチップ上に集積化した省エネ・小型・高速のデバイスとして期待されている。この流体の量や速さを制御するには、液体の出入り口を開閉するバルブが必要となる。これまで、柔軟な樹脂の膜をコンプレッサやポンプを使って動かすバルブが開発され、細胞分離や各種分析、医療診断用などのマイクロデバイスが実現されている。

しかし、コンプレッサやポンプのような空圧発生源は体積が大きく、また音や振動なども発生するため、システム全体の集積化は難しく、小型で持ち運び可能なデバイスを実現するうえで大きな課題となっている。一方、コンパクト化可能な電動のピエゾ素子(圧電素子)を用いたバルブも開発されているが、ピエゾ素子は変位率が小さく、所望の変位量を得るには素子サイズを大きくする必要があり、結局システムが大きくなってしまうという課題があった。

研究グループでは、東海ゴム工業が開発した特殊な電動ポリマー「スマートラバー(SR)アクチュエータ」に着目。この特殊電動ポリマーは、印加電圧に対して一定の方向に大きく変形する。この特徴を生かして新たなバルブ構造を設計し、マイクロ流体チップに組み込んで機能を実証することを目指した。

電動ポリマーは、電極で挟み込み上下方向に電圧を印加すると、上下方向に縮み、横方向に伸びる性質がある(図1A)。この電動ポリマーをドーム状に成型したシリコンゴム膜上に置く。電圧を50~60V/μm印加すると電動ポリマーは横方向が固定化されているため下方に変形する。これによって流路穴をふさいで小型電動バルブとする構造を考案した(図1B)。次に、直線状の流路を持つガラス製のマイクロ流体チップ(7cm×3cm)の中央部に、特殊電動ポリマーを組み込んだデバイスを作製した(図1C、図2)。

図1 バルブのデザインおよび駆動原理。(A)印加電圧による変形の模式図。上下方向に電圧を印加すると、横方向に伸びる。(B)チップに組み込んだバルブのデザイン。電圧を印加することで、電動ポリマーが下方に変位し、シリコンゴム製の膜を通して流路穴をふさぐ。(C)マイクロチップ俯瞰図および流体観察方法。左右は対照・独立の流路で、片側だけ実験に用いた。流体可視化用の蛍光ポリスチレン微粒子(直径1μm)の溶液を定圧ポンプで流路に導入し、バルブ部分よりも下流の部位で蛍光観察し、粒子の動きを測定した

図2 マイクロ流体チップの写真(7×3cm、流路幅300μm)

実際に、蛍光の微小ポリスチレン粒子を入れて可視化した流体を流し、蛍光顕微鏡でバルブ機能を検証した(図3)。この結果、小型電動バルブの開閉で、スムーズに流体を流したり止めたりできることが分かった。この小型電動バルブの応答速度は約0.7秒、耐圧は4.0kPaで、通常のマイクロ流路に流される液体の圧力に対して十分な性能を確保した。

図3 バルブの駆動原理検証実験。(A)バルブ開(t=0.00s)→閉(t=2.00s)時の粒子の動き。緑点が粒子を表す。バルブ開時は動いていた粒子が閉時になると静止している。(B)バルブ閉(t=0.00s)→開(t=2.00s)時の粒子の動き。バルブ閉時は静止していた粒子が開時になると動いている。(C)(D)は、(A)と(B)それぞれ赤円で囲った粒子の変位をトレースし、時間に対してプロットしたグラフ

なお、今回の成果により、特殊電動ポリマーを応用した小型電動バルブにより、システム全体のコンパクト化が可能となったことから、研究グループでは今後、小型医療診断や生化学実験ツールなどへの応用が期待できるとコメントしている。