米ロサンゼルスにおいて5月6日より3日間に渡って開催中のユーザカンファレンス「Adobe MAX 2013」で、今後Creative Suite製品群の新バージョンをCreative Cloudのみで提供していくという思い切った方針を発表したアドビ システムズ。真意はイノベーションのさらなる促進にあるとのことだが、基調講演ではさらに先の構想の一部として「Project Mighty」と呼ばれる試みを紹介して観衆の注目を集めた。
"Project Mighty"はクラウド連携可能なスタイラスペン
同社でデジタルメディア担当のSenior Vice President兼General Managerを務めるDavid Wadhwani氏によれば、「Creative Cloudの使命は、イノベーションに対するキャンパスを拡げていくことであり、そのために多数のアイデアを抱えている」とのこと。そのひとつが物理的なツールとバーチャルな世界の組み合わせである。より直接的に言えば、紙とペンが持つ表現性に着目し、その表現性をクラウドに持ち込むという試みを進めているとのこと。それが「Project Mighty」だ。
Project Mightyで、アドビは初めてハードウェアにチャレンジするという。Mightyの実体は、簡単に言ってしまえばペン先に高精度な圧力センサーとクラウド連携機能を備えたクリエイティブツールのためのスタイラスだ。Bluetoothによる通信機能を搭載しており、Cleative Cloud経由で各種クリエイティブツールと連携し、マウスや指に代わる入力デバイスとして使用することができるという。
同社エクスペリエンスデザイン担当Vice PresidentのMichael Gough氏が行ったデモでは、iPad上に筆圧に応じた繊細な線を描いたり、タップ操作によるアンドゥを行ったりする様子が紹介された。指を消しゴム代わりに使ったり、ペン側のボタンでメニューを呼び出したりすることもできる。特徴的なのはCreative Cloudで提供されるツールとの連携で、デモではAdobe Kulerで作成したカラーテーマを呼び出して利用する例が披露された。また、Mightyは使用者のAdobe IDを認識しているため、他のタブレットで使用する場合でも、自分で設定したメニューなどを呼び出すことができるという。
短い定規「Project Napoleon」
Mightyと並んで、もうひとつの物理デバイスプロジェクト「Project Napoleon」も紹介された。Napoleonは短いデジタル定規であり、これを使って位置や角度を自然な形で示すことにより、Mightyでの直線や円弧をスムーズに描くことができる。Mightyによる入力でも、ソフトウェア補正でキレイな直線や円弧を描くことは可能なはずだが、それでも物理的なデバイスで直線を引くという感触は大切ではないかというコンセプトからNapoleonが生まれたとのこと。
MightyやNapoleonに関する情報は同社Webサイト上で公開していくとのことだが、現時点で詳しい説明は掲載されていないため、詳細なスペックなどは明らかになっていない。また、これらはあくまでもコンセプトの段階であり、具体的な製品化の予定が決まっているわけではないとのことだ。
非常に興味深い発表ではあるが、気になるのはなぜ突然アドビがこのようなハードウェアの開発に着手し始めたかという点である。同社CEOのShantanu Narayen氏はこれについて、「人類の創作活動において紙とペンの役割は数千年に渡って不変で、マウスで絵を描くという行為は少し不自然に感じます。そのような根本的な部分からクリエイティブな創作活動のためのシナリオを考え直し、その上でアドビにしかできないイノベーションを考えた結果のひとつがProject Mightyです」と語っている。ソフトウェアベンダーである同社が、ソフトウェアにおけるクリエイティビティの拡大について追求した結果として、ペンという物理的なデバイスに辿り着いたという経緯が極めて興味深い。
編集室をCreative Cloud対応にする「Project Context」
基調講演では、アドビが構想する未来に向けたもうひとつのプロジェクトとして、雑誌WIREDの編集部と共同で進めている「Project Context」の紹介もあった。WIREDはデジタルパブリッシングの先駆けでもあるが、その編集部での作業は極めてアナログだという。デザインはペンと定規で行い、作成したコンテンツを壁に並べてレイアウトを決めていく。アナログではあるが、見開きのデザインなどを決めていく上では優れたやり方だ。
このようなアナログの優れた部分をデジタルに取り込み、両者を融合させてより高いクリエイティビティを実現しようというのがProject Contextのコンセプトである。具体的には、壁一面をスクリーンにしてデジタルなレイアウトボードを構成しており、各編集員が自分のデバイスで共有フォルダに入れたコンテンツがスクリーンに表示されるようになっている。スクリーンはタッチ操作に対応していて、指を使って自由に配置を変えることができる。
またデザインディレクターのデスクにも同様にタッチ操作対応のスクリーンがあり、手書きやキーボードを用いて校正などの指示を書き入れることができる。ディスプレイサイズの異なるデバイスに向けたデジタルパブリッシングに対応して、複数のレイアウトを同時に行うといったこともできるようになっている。
Project ContextではWIREDと共同で約1年に渡って開発を行っており、最近になって実現性が見えてきたとのこと。David Wadhwani氏はこれらのチャレンジについて「物理性とクラウドを協調させることで、クリエイティブのプロセスは大きく変わる可能性がある」と総括し、発表を締めくくった。