東京大学(東大)は4月25日、獲得免疫を持つ脊椎動物の中で最も進化的起源が古いとされる無顎類のヌタウナギにおいて、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子の有力な候補を同定し、「ALA(allogenic leukocyte antige:アロ白血球抗原)」と命名したと発表した。
同成果は、同大大学院理学系研究科 生物化学専攻の高場啓之 大学院生、同 西住裕文 助教、同 坂野仁 名誉教授らによるもの。詳細は「Scientific Reports」に掲載された。
脊椎動物は高次免疫機構である獲得免疫系を備えており、新奇病原体に対して一定の割合で生き残ることが出来る一方、一度罹った病気には罹りにくくなる。中でも軟骨魚類から哺乳類までの有顎類では、リンパ球がつくるイムノグロブリン(Ig)型の抗原受容体(抗体およびT細胞受容体)が獲得免疫系の中心的役割を果たしているが、無顎類(ヌタウナギやヤツメウナギ)では、variable lymphocyte receptor(VLR)と呼ばれるまったく異なる種類の抗原受容体が用いられていることが近年の研究から明らかとなり、脊椎動物とは独立して獲得免疫系を発達させて来たと考えられるようになってきた。
IgもVLRも、生後に遺伝子再編成を伴って多種多様な受容体が創り出されるが、この過程で、自分自身(自己抗原)に反応する抗原受容体も創られてしまう場合がある。
これまでの研究から、ヒトやマウスなどの有顎類では、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子を介して自己抗原に反応するリンパ球が除去されること(負の選択)が知られており、MHC分子がリンパ球を中心とした獲得免疫系の中心的役割を果たしていることが判明してるが、無顎類のVLRに関しては、Igと同様の負の選択機構が存在するのか、また有顎類のMHC分子に相当する分子が存在するのかどうかは不明のままであった。
そこで研究グループは今回、ヌタウナギの抗体であるVLR-Bと白血球を用いた血清学的試験を行い、VLRに負の選択が存在するかどうかの検証を行ったところ、VLR-Bは別個体の白血球に反応するが、自分の白血球には反応しないことから、ヌタウナギのVLRにおいても負の選択が存在し、自己反応性のリンパ球が排除されていることが示唆されたという。
この結果を受けて、VLR-Bが認識した白血球抗原の同定をさらに行ったところ、これまでNICIR3という名前で報告されていた、多型性に富む膜タンパク質がアロ白血球抗原(今回、ALAと再命名された)であることが判明したという。
さらに、複数個体のヌタウナギの血清と白血球を用いた血清交差反応テストの結果、ALAの型(ハプロタイプ)の違いの程度に依存して交差反応性が大きくなること、ならびに、VLR-Bは自己のALAには反応せず、他個体のALAに対して反応することが確認された。
これらの結果は、ALAがVLR-Bの主要な白血球抗原であることを示唆すると研究グループでは説明するほか、外来性タンパク質をヌタウナギに投与したところ、ALA陽性白血球中で取り込まれた外来性タンパク質とALAが共局在することが観察から判明しており、ALAが有顎類のMHC分子のように外来抗原の認識に関わっている可能性が強く示唆されたとする。
高等生物が獲得免疫系を手に入れたのは、約5億年前のカンブリアの大爆発の頃だと考えられているが、この獲得免疫の特徴は、リンパ球が生後抗原受容体を多種多様に創り出し、新奇の病原菌に対しても特異的に応答することが出来る点にある。また、獲得免疫系は一度侵入してきた病原菌の抗原を記憶しており、2度目の侵入では速やかに応答することも可能であるが、この機構に破綻や狂いが生じると自己免疫疾患やアレルギーの原因となることから、研究グループでは今後、無顎類でのALAの機能解析などを進めていくことで、獲得免疫の成り立ちや進化的な起源を知ることにつながるほか、将来的には組織移植時の拒絶反応や自己免疫疾患の理解にも繋がることが期待されるとコメントしている。