東京大学は4月1日、日立製作所、米ミシガン大学との共同研究により、細胞から分泌されるタンパク質ファミリーの1種である「ヘッジホッグ」ならびに「骨形成性タンパク質(Bone Morphogenetic Protein:BMP)」の相互作用が、「軟骨膜」における「骨・軟骨前駆細胞」の分化運命決定の制御機構の一部を担っていることを解明したと発表した。

成果は、東大大学院 医学系研究科の北條宏徳特別研究員(現・南カリフォルニア大学Broad-CIRMセンター所属)、同・工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授、同・鄭雄一 教授、日立製作所の神原秀記フェロー、ミシガン大の三品裕司准教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2月19日付けで「Journal of Biological Chemistry」オンライン版に掲載され、また4月5日発行予定の印刷版にも掲載される予定。

体の中には、同じ系統の複数の細胞に分化することができるさまざまな前駆細胞が存在している。骨に関しても同様で、軟骨組織を覆う軟骨膜には、胎児の骨格が形成される過程において、骨と軟骨の両方に分化できる前駆細胞が存在し、将来の骨形成に寄与すると考えられている。前駆細胞は正常時は骨を形成する「骨芽細胞」へと分化するが、遺伝子改変マウスを中心とした最近の研究によると、ヘッジホッグ経路が働かなくなると骨の代わりに、異所性に軟骨組織が形成されることがわかっている。

なおヘッジホッグとは、前述したように細胞から分泌されるタンパク質ファミリーの1種で、細胞の運命決定や器官形成および個体発生において重要な役割を果たす存在だ。脊椎動物では、「ソニックヘッジホッグ」、「デザートヘッジホッグ」、および「インディアンヘッジホッグ」の3種類が存在する。ヘッジホッグタンパク質を受け取った細胞では、細胞内の特定のシグナル経路が活性化されて、標的遺伝子が転写される仕組みだ。

またBMPも細胞から分泌されるタンパク質ファミリーの1種で、骨の形成を促進するタンパク質である。皮下に埋入された「脱灰骨」が異所性に「軟骨内骨化」を引き起こすことから命名され、現在までに20種類以上が同定済みだ。

これまで軟骨膜細胞の分化決定には、ヘッジホッグやBMPなど、さまざまな因子が制御に関わっていることは確認されているが、実際に軟骨膜細胞においてヘッジホッグ経路とBMP経路がどのように骨・軟骨の形成を制御しているのか、その詳しいメカニズムは不明だった。そこで共同研究グループでは、「ヘッジホッグ経路とBMP経路の相互作用により軟骨膜細胞の骨もしくは軟骨への分化の運命が決められる」という仮説を立て、今回の実験に取り組んだ。

まず、培養下で軟骨膜から骨形成を誘導する器官培養系を新たに開発し、ヘッジホッグ経路とBMP経路の活性化および不活化の影響が検討された。その結果、両経路を同時に活性化させると、骨形成が顕著に増大することが判明したのである。一方、ヘッジホッグ経路の不活化状態では、BMP経路を活性化させてもまったく骨は形成されず、代わりに軟骨膜において軟骨組織が観察された(画像1)。この結果は、遺伝子改変マウスを用いた解析でも再現されており、つまりヘッジホッグ経路の活性化は、BMPによる骨形成作用を促進するだけでなく、軟骨形成作用を抑制することを示唆するものだったというわけだ。

画像1。中足骨器官培養系を用いた軟骨膜におけるヘッジホッグとBMPの相互作用の解析

ヘッジホッグ経路の下流には、ヘッジホッグシグナルの標的遺伝子の転写を制御していると考えられているタンパク質、要は転写因子の「Gli1」、「Gli2」、「Gli3」の3種類が存在し、細胞内シグナルの制御を担っていることが知られている。

研究グループは2012年に、遺伝子改変マウスの骨組織の解析から、Gli1とGli3がヘッジホッグ経路応答性に骨形成に関与することを報告済みだ。そこで今回は、ヘッジホッグとBMPの相互作用のメカニズムについて、Gliに着目する形でさらなる解析が進められた。

骨・軟骨前駆細胞株を用いての検討がなされた結果、Gli1がBMPによる軟骨細胞の分化促進作用を抑制することが判明。さらに、Gli1遺伝子を欠失したマウス胎児の中足骨では、軟骨膜において通常認められる骨芽細胞前駆細胞が消失し、代わりに異所性に軟骨細胞が確認された。以上の結果は、Gli1が軟骨膜においてBMP経路による軟骨形成促進作用を抑制することで正常な骨形成に寄与していることを示唆するものだという。

最後に、軟骨膜に存在する細胞の形質を知る目的で、骨芽細胞、軟骨細胞の分化マーカー遺伝子の発現に対して「一細胞定量的PCR」(一細胞あたり、どのメッセンジャーRNAがどの程度発現しているか定量化する方法で、神原フェローらが開発)による解析が行われた。その結果、軟骨膜には骨芽細胞、軟骨細胞のいずれか、もしくはその両方の分化マーカー遺伝子を発現する細胞が混在していることが明らかになったのである(画像2)。

これらの細胞に対して、ヘッジホッグ経路を活性化させると、一部の細胞で骨芽細胞の分化マーカー遺伝子が発現したが、発現しない細胞も認められた。以上の結果より、軟骨膜には骨芽細胞や軟骨細胞に分化し得るさまざまな細胞集団が存在し、ヘッジホッグへの応答性も異なることが示唆されたというわけだ。

画像2。軟骨膜細胞を用いた一細胞定量的PCR

今回、ヘッジホッグとBMPの相互作用によって軟骨膜細胞から骨・軟骨細胞への分化の運命決定が制御されていること、またそのメカニズムの一端が明らかとなった。しかし、メカニズムの全貌や軟骨膜細胞の特色など、多くの点はまだ明らかになっていない。研究グループは、今回の研究成果が、軟骨膜細胞を標的とした再生医療法の開発の足がかりとなることを期待すると、コメントしている。