基礎生物学研究所(NIBB)は、北海道大学(北大)電子科学研究所、理化学研究所、大阪大学(阪大)大学院との共同研究により、マウス発生の左右非対称決定に関わることが示唆される「カルシウムシグナル」を発見したと発表した。
成果は、NIBBの野中茂紀 准教授、高尾大輔 研究員らによるもの。詳細は、1月25日付けで米発生生物学会誌「Developmental Biology」電子版に掲載された。
ヒトなどのほとんどの生物の体は外見的にはほぼ左右対称ながら、例えばヒトでは心臓が左、肝臓が右といったように、体内の臓器の配置は左右非対称である。しかし、細胞に生えている微小な毛である「繊毛」に異常があるとそれが左右逆になって生まれる場合がある。
この仕組みについては、マウスを用いた研究が進んでおり、すでに発生初期、内臓が作られるよりも前の段階で、左右対称な胚体の表面に「ノード」と呼ばれるくぼみができ、ノード表面にある繊毛が回転運動をして、胚体の左に向かう水流を作り出し、流れの上流(右)と下流(左)が区別されることで、右と左で別々の遺伝子群のスイッチが入り、これが将来の内臓配置を決めるという仕組みが報告されている。
しかし、水流がどうやって非対称に遺伝子を発現させるのかという問題は解明されておらず、近年、阪大の研究などから、ノード内部の細胞にあるカルシウムチャネルが重要であることがわかってきたものの、技術的な問題から、マウス胚の細胞内カルシウム動態の観察はノードの外部に限られており、ノード内部については報告がされていないこともあり、水流が何らかの物質や粒子を左側に運ぶ、水流自体が細胞表面で直接検知されるなど、さまざまな説が提唱されている。
今回、研究グループでは、これまでの研究とは異なるカルシウム指示薬を用いたほか、生体試料に優しい「2光子顕微鏡」を用いるなど、観察技術の改良により、ノード内の細胞内カルシウム濃度を数十分間にわたって観察することに成功したという。
その結果、ノード内部の細胞のカルシウム濃度が約1分周期で上昇と下降を繰り返していることが判明したという。
画像2。Aはカルシウム指示薬Fura-PE3を取り込ませたマウス胚の蛍光顕微鏡画像。Bはノード付近を拡大した画像(腹側から見た画像のため、向かって右が胚体の左に相当。点線でノードの位置が示されている)。Cはカルシウム上昇の頻度を可視化した図で、ノード左側の細胞でより高頻度のカルシウム上昇が観察された |
また、ノード細胞のカルシウム上昇の分布についても定量的な解析を実施したところ、はじめはノード内のどこでも均一な頻度で起きていたカルシウム上昇が、左右非対称な遺伝子発現が始まる時期になると、ノードの左側でより高頻度に観察されるようになることが確認されたほか、左右軸形成異常の変異体の場合ではこの頻度分布パターンも乱れること、ならびにカルシウムシグナルを乱す薬剤を添加すると左右決定に異常が出ることも判明したという。
画像3。ノードの右側(青)と左側(赤)でカルシウム上昇の頻度を比較したグラフ。左右非対称な遺伝子発現パターンが見られるのはLHFステージ以降だが、これと同期してカルシウム上昇の頻度も左側で高くなることが判明した |
そのため研究グループでは、ノード内で左右非対称に分布するダイナミックなカルシウムシグナルが、その後の左右非対称な体の形成に関わっていることが示唆されたと説明しており、今後は、このカルシウム上昇と水流がどのような関わりを持っているのかや、どのように遺伝子発現を制御しているのか、といった機構を明らかにすることで、どのようにしてヒトの体の非対称性が生み出されるのかといった発生学上の基本的な問題の解明につながることが期待できるとしている。