海洋研究開発機構(JAMSTEC)は2月12日、地球温暖化の影響による北極域の気候変化に伴い、冬季の降雪量と夏季の降雨量が増加し、東シベリアの地表付近の永久凍土の融解が促され、さらにその過剰な湿潤状態が森林の枯死を進行させていることを明らかにしたと発表した。
成果は、JAMSTEC 地球環境変動領域の飯島慈裕主任研究員らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、2月11日付けで国際学術誌「Ecohydrology」に掲載された。
北極域は、気候変化の影響が顕著に現れる地域で、北極海における海氷の減少はその最たる現象といえる。海氷が減少すると、海洋における太陽光の吸収量を増加させることとなり、その熱や水蒸気が大気へと伝播して大気の流れを変え、結果として、北極域のみならず周辺の大陸、さらには日本を含む北東アジアの気候にも影響を及ぼすことが考えられている。
JAMSTECでは、地球環境変動の予測精度向上を目指し、北極域の海・陸・大気に関する総合的な観測研究を進めており、東シベリアのヤクーツク周辺の永久凍土地域では、1998年よりロシア科学アカデミーの北方圏生物問題研究所および永久凍土研究所との共同研究協定に基づいて総合的な観測を続けてきており、これまでに北極域の気候が変化した影響から、永久凍土の融解、河川流出量の増加などが生じるなど、大陸上での環境変化が生じていることを明らかにしてきたほか、近年では永久凍土が融解した地域で森林の枯死が進行し始めている状況が確認されており、今回、その原因究明に向け、2006年ならびに2009年に実施された永久凍土融解と森林の生育環境についての現地調査をもとに、森林の枯死要因に関する科学的検証が行われたという。
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画像1(左)は、陸域の集中観測地点(●)。青い領域は、永久凍土の分布範囲を示している。画像2(右)の上はヤクーツク・観測サイトでの2007年の、同下は同2008年夏の森林の様子。2007年からカラマツの葉が黄変し始め、翌年には枯死の木が広がっている (c)JAMSEC |
具体的には1998年以降の気温、降水量、地温・土壌水分などの気象観測データと森林の枯死の状態を経時的に比較検討したところ、2004年以降に冬の積雪量と夏の降雨量が共に増加する年が3年間続いたことで、地表付近の永久凍土の融解が進み、表層の土壌中(活動層)の水分が過剰な状態が続いていること、ならびに森林の枯死も2007年以降から顕著になっていることが判明した。
森林の枯死が進行している地点を調査したところ、地下の永久凍土が周囲よりも深く融け、地下で水が集まりやすくなっている場所があり、そうした地点に枯死や蒸散能が低下した樹木が多く認められたことから、研究グループでは、永久凍土の融解が進み、その土壌が過剰に湿潤状態となった場所では、根の生育環境が悪化するため、枯死が進行しているという考えに至ったとする。これまで、森林火災が永久凍土の融解や森林の枯死を引き起こし、大規模な森林の荒廃に至ることは知られていたが、今回の成果は、地球の気候変動による降雪量・降雨量の増加が、森林の枯死・荒廃を連鎖的に示すものとなった。
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画像7。湿潤化による永久凍土融解とカラマツ枯死の模式図。地形的に高まった場所では、永久凍土の融解も小さく、土壌水分も流下するため、カラマツは健全な状態だが、地形的に低い場所では、水分が流入して永久凍土の融解がさらに進み、土壌は過剰に湿潤な状態が長期間維持されるため、カラマツの根がダメージを受け、枯死に至ってしまうこととなる (c)JAMSEC |
なお、研究グループは、今回の研究で見出された東シベリアでの降水増加(湿潤化)による凍土融解と森林の荒廃という一連のプロセスは、北極域の温暖化のもう1つの側面である「水循環の変化」(雨・雪の増加による、土壌水分・森林蒸発散・河川流出の変化)の影響が、陸上植物に現れた現象であると考えることができるとしており、もし、こうした現象が大規模化した場合、大気との熱や水蒸気の交換過程を通じ、大陸上での気候変化をもたらし、さらには日本を含む北東アジアへ影響を与える可能性があると指摘する。
また、森林の衰退は、炭素収支の変化につながるほか、湿潤域および水域の増大にもつながり、永久凍土地域からの二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスの放出にも影響を与えるため、高緯度地域の温暖化増幅効果として新たに注視しなければならない現象といえるとしており、今後は、海洋・大気・陸の連動する現象をより詳細にとらえることを目指し、これらをつなぐ体系的な観測体制の整備を進めていく予定としている。