北海道大学(北大)と東北大学は1月24日、新規の近赤外超短光パルスレーザーを用いた「多光子励起レーザー顕微鏡システム」を開発し、生きた状態のマウスの「海馬CA1」領域および大脳新皮質全層を同時に観察することに成功したと発表した。
成果は、北大 電子科学研究所の根本知己教授、東北大 多元物質科学研究所の佐藤俊一教授、東北大 未来科学技術共同研究センターの横山弘之教授ら共同研究グループによるもの。研究はJSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の支援を受けて行われ、詳細な内容は日本時間1月24日付けで英国科学雑誌「Scientific Reports」に掲載された。
従来のレーザーを用いた顕微鏡の場合、最も深い部位が観察できるものでも、最大でも脳表面から0.7mm程度までしか観察できていない。そのため、脳深部の海馬などの生命維持に不可欠な部分を観察することが可能な顕微鏡の開発が望まれていた。
また従来は、海馬領域を観察する際には、細長い針状の特殊な対物レンズや透明のチューブを脳の大脳新皮質に直接挿入するなど破壊的な処理が行われており、海馬の上に乗っている新皮質の部分に外的な障害を与える可能性を回避することができないという、問題点もあったのである。
そこで研究グループは今回、日本が得意とする半導体レーザー技術をベースにして、新たに構築した近赤外超短光パルスレーザーを用いて、多光子励起レーザー顕微鏡システム(画像1・2)を開発。
従来用いられてきたレーザー光源と比較して、コンパクトかつ動作が極めて安定であるため、操作が容易であり、得られる断層画像の画質も非常に高いという特徴がある。
この多光子励起レーザー顕微鏡装置を用いることで、生きたマウス脳で、脳表から約1.4mmという深部まで観察することに成功した。マウスが生きている「そのまま」の状態で、大脳新皮質全層と海馬領域の神経細胞(海馬CA1ニューロン)を画像化することは、世界で初めてだという(画像3・4)。
画像4は、マウス大脳新皮質全層と海馬の「そのまま」のイメージングだ。断層像を取得後、コンピュータで3次元再構築が行われた画像である。今まで観察できなかった脳深部の新皮質と海馬CA1領域の神経細胞の詳細な画像を得ることに成功した形だ。
なお海馬は進化的には「古い脳」であり、生命活動に不可欠な短期記憶の形成に関わっている。ここに障害が発生すると、数時間前の記憶のみが失われてしまう。
今回の開発の成功により、大脳新皮質の各層における情報の流れを可視化することに加えて、「記憶」という極めて重要な脳機能を担っている海馬領域の神経活動やその障害の解明を可視化するための方途が新たに開拓された形だ。記憶障害の発生の機構の解明や治癒に向けた研究に対しても、今回の顕微鏡法は重要だとしている。
この方法は、脳以外の臓器にも使うことが可能である上に、装置全体のサイズも小型であることから、臨床検査などの現場で使用する可能性も非常に期待されるものとなっている。従って、さまざまな疾患、例えば、がん検査や治療、薬物の体内動態などを解明するための新しい医学・臨床技術として役立つことが期待されるという。
日本の得意とする光技術と生命科学の融合が大きな成果をもたらした好例であり、新たな学術研究と産業分野創成を開拓する象徴といえると、研究グループはコメントしている。