生理学研究所(NIPS)は1月16日、正常なサルの「淡蒼球内節」に電気刺激を与えた時の同部位の神経活動を記録した結果、これまでなぜ効果があるのかがわかっていなかった、パーキンソン病やジストニアといった運動障害の外科的治療の1つである「脳深部刺激療法(Deep Brain Stimulation:DBS療法)」による電気刺激が、同部位の神経活動をむしろ抑え、神経の「情報伝達を遮断」することにより効果が生まれるメカニズムであることを明らかにしたと発表した。
成果は、NIPSの知見聡美助教、同・南部篤教授研究らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、1月16日付けで米国神経科学会雑誌「The Journal of Neuroscience」オンライン版に掲載された。
DBS療法は、脳の「大脳基底核」の淡蒼球内節に慢性的に刺激電極を埋め込み、心臓のペースメーカーに似た装置で高頻度連続電気刺激を与えるというもので、これによって、運動障害の症状を改善することが可能だ。しかし、これまで、この方法がどのように症状を改善させるのか、その作用メカニズムは明確にはわかっていなかった。
研究グループは今回、正常なサルの淡蒼球内節に電気刺激を与え、同時に、その付近の神経活動を記録した(画像1)。その結果、淡蒼球内節にDBS療法のような100Hzの高頻度連続電気刺激を与えた場合には、神経活動が高まるのではなく、むしろ淡蒼球内節の自発的な神経活動が完全に抑えられることが判明したのである(画像2)。
画像2は、淡蒼球内節をDBS療法と同様に高頻度電気刺激するとその神経活動が抑えられた様子。矢印の時点で刺激している。1は神経活動記録の生波形、2はそこから興奮のみを取り出して表示したものだ。小さな点の1つひとつが神経細胞の興奮を示している。その下に示されているのは、興奮の数を加算したヒストグラム。
次に、記録電極には薬物を局所投与するためのガラス管を貼りつけ、記録電極付近の淡蒼球内節に、抑制性の神経伝達物質「GABA」の作用を抑える薬を微量投与したところ、「DBS法による神経活動の抑制」が見られなくなった。このことから、GABAの作用によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられていたことがわかったのである。
通常は、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると、淡蒼球内節で反応が見られるのだが(画像3左上)、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられると、このような反応も見られなくなった(画像3左下)。これは、DBS療法によって淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きるからという仕組みが推測された(画像5)。
画像5は、今回明らかになったDBS療法の作用メカニズムを示した模式図。実は、淡蒼球内節は、大脳基底核のほかのメンバーである「線条体」と「淡蒼球外節」から抑制性の入力を、「視床下核」からは興奮性の入力を受けていることがわかっている。
DBS療法により淡蒼球内節の神経細胞が抑制されることから、淡蒼球内節へ抑制性の情報を送るGABA作動性神経の軸索末端(線条体あるいは淡蒼球外節からの神経と考えられる)が、主に刺激され、GABAの放出を促し、淡蒼球内節の神経活動を遮断することによって効果を表すと推測された。
画像3(左)の上のグラフは、運動情報の発信源である大脳皮質を電気刺激すると見られる淡蒼球内節(GPi)で反応。その下のグラフでは、DBS療法によって淡蒼球内節の神経活動が抑えられ、そうした反応が見られなくなっている。画像4は、この実験で、刺激した部位と記録した部位を大脳基底核の神経回路の中に示したもの |
これまでDBS療法の治療メカニズムとして、局所の神経細胞を刺激しているのか抑制しているのかで論争されてきた。今回の実験結果から、DBS療法は淡蒼球内節の神経活動そのものを刺激するのではなく、淡蒼球内節に来ているほかの神経細胞からのGABAの放出を促して、淡蒼球内節の神経活動をむしろ抑制することで、淡蒼球内節を経由する「情報伝達の遮断」が起きることによって効果が生まれていることを明らかにした(画像6)。
なお南部教授は今回の成果に対し、「これまでの論争に決着をつけただけでなく、DBS療法は淡蒼球内節を経由する情報伝達を"遮断"することで治療効果を示すという新しいメカニズムを提唱することができました。そうであれば、例えば淡蒼球内節の神経活動を抑制するのに必要最小限の電気刺激を与えたりするなど、より効果的な刺激方法の開発につなげることができると考えられます」とコメントしている。