奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、電気を流すと理想的な電流効率(100%)の20倍以上の高効率で、色が消えるエレクトロクロミック分子の開発に成功したと発表した。
成果は、同大 物質創成科学研究科 光情報分子科学研究室 中嶋琢也准教授、河合壯教授らによるもの。詳細はアメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載された。
調光機能材料は、外光の状態に応じて光の透過率を変化させ、外光の取り入れ量を調節できるスマートウインドウに用い、冷房効率の向上など省エネ技術への応用が期待されている。このような調光機能を示す材料として、光に当たると色が変化するフォトクロミック分子がある。研究グループでは、100%の着色感度を有する高感度フォトクロミック分子をすでに発表していたが、着色状態を無色状態に戻す消色に関しては数%程度と低効率のため、効率の改善に取り組んできた。そこで注目したのが、電流に伴う物質の酸化・還元反応により色調が変化するエレクトロクロミズムという現象。エレクトロクロミック分子は、電流を流す方向を逆にすることで着色・消色状態を切り替える調光機能を有することからビル、自動車、および飛行機向けのスマートウインドウ用に応用が進められている。しかし、着色、消色にそれぞれ電力が必要であり、理想的な反応効率においても1つの電子により反応できる分子の数は1つで高効率化には限界があった。エレクトロクロミック材料の開発においても、効率の改善は課題だった。フォトクロミック分子の着色状態に電気を流すと消色する現象は、約20年前に河合教授により発見されていたが、今回開発した分子はその電流効率が2000%と高い値を示すという。
現行のエレクトロクロミック材料には、還元(または酸化)状態および中性状態と、2つの着色状態が異なる分子が用いられている。これらに加えて、フォトクロミック分子の光により生成される2つの状態が加わるため、電気と光を組み合わせることで異なる4つの状態を作ることができる。
図2について、開発された分子1aは、太陽光などの光照射により青色に着色した状態2aを形成する。2aに対して、電流を流すと電気化学反応により酸化状態2bに変化し、さらに自発的に1b(1aの酸化状態)へ3秒と速やかに変化する。こうして生成した1bは2bよりも強い酸化力を持っているため、近い距離に存在する他の2a分子を酸化して2bへと導き、自身は無色状態の1aへと戻る。このように、一度電流によって2bが形成すると次々に2aが消失して、1aが形成する反応が繰り返される。分子レベルのドミノ反応と言うこともできる。言い換えると、実質的な電気化学反応である2aから2bへの変化は、電気に加え、2bから生成した1bによっても引き起こされるため、一連の反応に必要な電気消費を押さえて連鎖的に反応を進行させることができる。
着色状態2aを含む溶液の電気分解による1aの生成をモニタすると、通電時間とともに、青色溶液が消色していく様子が観察された(図3)。着色状態の変化と流れた電流量を比較したところ、消費された電子の量に対し、約10倍の数の分子が青色の2aから無色の1aに変化していることがわかったほか、5秒ごとの電流効率を見積もったところ、最大で2400%の電流効率を示すことが判明した。つまり、1つの電子を流すと24個の2a分子が消色状態の1aに変化したことになるという。同じ一電子酸化状態である1bと2bを比べると、1bの方がエネルギー的には安定であるにも関わらず、酸化力(反応性)は高いという安定性と反応性が逆転した関係にあることがこの連鎖反応に寄与しており、フォトクロミック分子を用いた特徴となっている。
異なる波長(色)の光に応答して分子構造や色が可逆に変化する分子「フォトクロミック分子」(出典:Proceedings of The Japan Academy Series B-Physical and Biological Sciences.--.30-35(2001)) |
また、今回の研究では、同研究科の廣田教授の協力により酸化力の高い1bの寿命や反応速度の解析など詳細な連鎖反応のメカニズムについても解明することができた。今回、開発された分子1aは、同種の芳香族5員環が3つで構成されており、広がった平面構造により酸化状態の安定性と反応性のバランスを調整することに成功している。
研究グループでは、すでに100%のフォトクロミック反応効率により、着色する光センサ分子を報告している。これに、今回発見した高効率で消色反応を示すエレクトロクロミック反応を組み合わせることで、自然光に含まれる紫外線により効率的に着色し、少量の電力によりその着色状態を制御できる省エネ型のスマートウインドウの開発が期待される。また、光により書き込み、電気により消去する表示素子などへの応用の可能性も考えられるとコメントしている。