東京大学は、ロジウムと銀からなる2元金属ナノクラスターを固定化した高分子触媒を開発し、不斉配位子の添加により「触媒的不斉1,4-付加反応」を高い選択性で実現することを達成したと発表した。
成果は、東大大学院 理学系研究科化学専攻の小林修教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、9月24日付けで米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載済みだ。
数個~数100個の金属原子が集まった「金属ナノクラスター」は、特異な性質を示すことが知られており、近年、その理論・物性・物理化学的研究に加えて触媒機能に関しても活発な研究が行われている。
しかし、金属ナノクラスターによる触媒反応の高度な立体制御は困難だ。特に、有機合成化学において炭素骨格を作るのに重要な、「触媒的不斉炭素-炭素結合生成反応」で高い選択性を達成した例は報告されていなかった。
「触媒的不斉合成」は、少ない不斉源から理論的に無限の「光学活性化合物」を合成することができる手法であり、ノーベル賞の受賞対象となった技術である。
1,4-付加反応は主要な炭素-炭素結合生成反応の1つであり、上記の成果により金属ナノクラスターを用いる触媒的不斉合成の大きな発展の端緒が開かれた。この触媒は金属漏出がなく反応後のリサイクルが可能であり、このプロセスが実用化されれば環境にやさしく効率的な化学品製造プロセスとなる。今後はグリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化、および金属ナノクラスターの科学の発展が期待できる。
数個~数100個の金属原子が集まった「金属ナノクラスター」はそのサイズに基づく特異な性質を有し、その理論・物性・物理化学的研究に加えて高い活性を示す触媒機能に関しても、近年活発に研究開発が行われている。
単一の金属から構成されるナノクラスターに加えて、2種類の金属を含む「2元金属ナノクラスター」の触媒開発も行われているが、2元金属ナノクラスターの場合はその組成や構造により新たな触媒性能を生み出せるため非常に注目を集めているところだ。
一方で、「触媒的不斉合成」は、少ない「不斉源」から理論的に無限の「キラル化合物」を合成することができる手法であり、光学活性な医薬品の合成などに用いられる、ノーベル賞の受賞対象となった技術である。
しかし、金属ナノクラスターを用いた高度な立体選択性の制御は困難であり、触媒的不斉合成に関しては還元反応などで報告例がわずかにあるのみで、重要な骨格形成反応である「炭素-炭素結合生成反応」においては、高い選択性を達成した例は報告されていなかった。
小林教授らは今回、ロジウムと銀からなる2元金属ナノクラスターを固定化した高分子触媒を開発し、触媒的不斉1,4-付加反応を高い選択性で実現した次第だ。
小林教授らはこれまでに、独自に開発された「高分子カルセランド法(polymer-incarcerated method(PI)法)」を活用することにより、ポリスチレンを基本骨格とした高分子に金属ナノクラスターを固定化した触媒を数多く開発してきた。
これらの触媒は高い活性を有し、かつ高い活性を維持したままリサイクルが可能であることが大きな特長だ。さらに、複数種類の金属を用いて調製した触媒には単一金属と比べて高い活性やユニークな選択性を示す場合があることも明らかとなっている。
今回発表者らは、高分子とカーボンブラックを複合担体として用い、ロジウムと銀で構成される高活性な2元金属ナノクラスター触媒である「PI/CB Rh/Ag」を開発し、この触媒をキラルな金属ナノクラスターを用いる「アリールボロン酸」と「エノン」の1,4付加反応に適用した。
まずロジウム源として「Rh(PPh3)3Cl」を用い、ポリスチレン由来の構造単位を有する高分子担体の存在下で水素化ホウ素ナトリウムと反応させロジウムクラスターを調製。この際、表面積を大きくするために2次担体としてカーボンブラックを添加した。
キラルなリン配位子を外部添加して不斉反応を行ったところ、高分子からの金属漏出が判明。種々のキラル配位子を検討した結果、「キラルジエン配位子」を用いた場合に金属漏出が低減できることがわかった。
さらにロジウム源として「[Rh(OAc)2]2」を用いることで金属漏出は検出限界以下にまで抑制することに成功。また、触媒調製時に還元を2回行うことで反応の高い再現性が得られるようになった。画像1は触媒調製の模式図だ。
次に、2種目の金属源を触媒調製時にロジウム源と同時に還元することで2元金属ナノクラスター触媒の調製が行われた。2種目の金属として、銀・コバルト・パラジウム・ルテニウム・金をロジウムと1:1の比率で触媒調製して検討。すると、銀の場合に最も高い活性が得られ、触媒量0.75mol%(ロジウムで計算)において、「シクロヘキセノン」と「フェニルボロン酸」を基質として用いた場合に「>99%収率」および「98%ee」の「エナンチオ選択性」が得られ、その際の金属漏出は検出限界以下であった(画像2)。
また、高分子から漏出した触媒で反応が進行しているわけではないことも確認されている。この触媒系は基質の適用範囲が広く、いずれも金属漏出は見られなかった形だ。
さらに、Rh/Agの2元金属ナノクラスターの電子顕微鏡による観察および「EDS」(エネルギー分散X線分析装置)によるマッピングによれば、ロジウムと銀は合金のナノクラスターを形成しており(ロジウム/銀の比率は1:2~2:1)、ロジウムに銀を加えることによりナノクラスターの凝集が抑制されていることがわかった(画像3)。これは金属クラスター触媒系において2番目の金属が正の効果を有する特筆すべき例である。
さらに、PI/CB Rh/Agは簡便な操作でリサイクルが可能であり、その際に高い収率およびエナンチオ選択性は維持された。9度目の使用で初めて収率の低下が見られたが、触媒の加熱を行うことで活性が回復することも確認されている。また、エナンチオ選択性は14回の繰り返し使用において有意な低下は見られなかった。
さらに、複数の反応を1度に行う効率的な「ワンポット反応」の検討を実施。酸素酸化用の触媒である「PI/CB Au」と今回開発されたPI/CB Rh/Agを順次に加えることにより、「アリルアルコール」とアリールボロン酸を原料とする、アルコール酸化反応と不斉1,4付加反応の2段階のワンポット反応を、88%収率および94%eeのエナンチオ選択性で達成することに成功したのである(画像4)。
今回の成果によって、キラルな2元金属ナノクラスター触媒による不斉1,4-付加反応を達成してキラル金属ナノクラスターを用いる精密な触媒的不斉合成の発展の端緒が開かれたと同時に、金属ナノクラスター触媒の科学に新たな知見が与えられた形だ。今後は、キラルな2元金属ナノクラスター触媒によるほかの不斉合成への展開や、触媒構造の解明などに取り組む予定とした。
この触媒は反応後のリサイクルも可能であり、同プロセスが化成品や医薬品などの化学製品の製造において実用化されれば、環境にやさしく効率的な製造プロセスとなる。今後はグリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化および金属ナノクラスターの科学の発展が期待できるとした。