産業技術総合研究所(産総研)は11月14日、ある種のアブラムシが植物組織に形成する巣の「虫こぶ」(画像1)では、内部に蓄積すると致命的になり得る液体排泄物が、虫こぶの内壁組織によってすみやかに吸収除去されるという新しい現象を発見したと発表した。

成果は、産総研 生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループの沓掛磨也子研究員、同・深津武馬研究グループ長らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間11月14日付けで英国学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載された。

画像1は、各種アブラムシの虫こぶ。(a)モンゼンイスアブラムシ。(b)ハクウンボクハナフシアブラムシ。(c)エゴノネコアシアブラムシ。(d)ササコナフキツノアブラムシ。(a)と(c)は完全閉鎖型、(b)と(d)は開放型。

画像1。各種アブラムシの虫こぶ

昆虫類は長い進化の過程でさまざまな環境に適応するため、巧妙な生物機能を獲得してきた。人類はこのような優れた生物機能に着目し、これまでにカイコやミツバチなどの昆虫について産業利用に成功している。

しかし、地球上には100万種をはるかに超える多種多様な昆虫が存在しており、数多くの興味深い生物現象、新しい生物機能、それらの基盤となる遺伝子資源はいまだほとんど手つかずのままである。

一方、ほとんどの生物は単独で存在しているわけではなく、生物間で複雑かつ巧妙な相互作用を及ぼしあいながら、現在のような姿に進化してきた。このような生物間相互作用は密接なものから緩やかなものまでさまざまであるが、昆虫のような生物が、植物のようなほかの生物の生理状態に影響を及ぼし、自分に都合のよいようにその形態や性質を変えてしまう場合がある。

このような現象は基礎生物学的に興味深いだけでなく、生物の形態や発生、機能を外部要因によって制御するという応用面での展開も想定されるため、その解明が待たれているという次第だ。

そうした興味深い生態を持った昆虫の1種に、植物の汁を唯一の食物源とするアブラムシがいる。アブラムシは大量の液体排泄物(甘露)を排出し、アリが甘露を摂食するかわりにアブラムシを外敵から守るという共生関係はよく知られているところだ。

アブラムシの中には植物に寄生して虫こぶを作り、その中で集団生活を営む種があるが、その多くは兵隊幼虫が虫こぶの開口部から甘露を捨てて処理している。

産総研ではさまざまな昆虫類を対象に、密接な生物間相互作用をともなう興味深い生物現象に着目して研究を展開しており、虫こぶを形成する社会性アブラムシについては、これまでにも新規かつ複雑で巧妙な生物機能の解明に取り組んできている。今回の発見は、これらの研究の一環として得られた形だ。

「モンゼンイスアブラムシ」は、イスノキという常緑樹に中空の虫こぶを形成して、時には2000匹を超えるアブラムシが集団生活を営んでいる。アブラムシにとって虫こぶは、外敵や環境変動から身を守ってくれる防護壁であるだけでなく、内壁に口針を刺すだけで植物の汁を吸うことができる食物の供給源でもある。

虫こぶの形は、それを作るアブラムシの種によって大きく異なるため(画像1)、植物の特殊な形態形成へのアブラムシの関与が推測されているところだ。今回の研究のターゲットであるモンゼンイスアブラムシは、開口部のない完全閉鎖型の虫こぶを形成するタイプだ(画像1・a)。

虫こぶが成熟して開口部が形成され、有翅型のアブラムシが飛行分散を始めるまで、少なくとも2年以上にわたり完全閉鎖のまま外部の環境から隔離されている。

ここで問題となるのは、このアブラムシは排泄物である甘露をどのように処理しているのかという点だ。前述したように、一般にアブラムシ類は糖分を多く含む液状の甘露を大量に排泄する。

出口のない完全閉鎖型の虫こぶの中での長期にわたる集団生活で、アブラムシが自らの甘露の蓄積でおぼれ死ぬような危険性がないか、またどのような仕組みで回避されているかなどはわかっていなかった。

モンゼンイスアブラムシの虫こぶの調査が行われたところ、死骸、脱皮殻、分泌ワックスなどの固形老廃物は存在したが、何100匹という生きたアブラムシが暮らしているにも関わらず、排出する甘露が蓄積している虫こぶはないことが判明(画像2・a)。

しかし、虫こぶにいるアブラムシを人工飼料飼育系に移して一晩観察したところ、アブラムシの周囲に甘露滴が多数観察された(画像2・b)。すなわち、モンゼンイスアブラムシは甘露を排泄しているのに、虫こぶ内に甘露が蓄積しないことがわかったのである。

画像2は、虫こぶで生活するアブラムシを撮影したもの。(a)完全閉鎖型虫こぶ内のモンゼンイスアブラムシ。矢印は成虫、矢じりは1令の兵隊幼虫を示す。綿状の物質はアブラムシの固形老廃物である分泌ワックス。(b)人工飼料飼育系に移したモンゼンイスアブラムシで、矢印は甘露。(c)開放型虫こぶを作る「ハクウンボクハナフシアブラムシ」。中央は甘露(矢印)を清掃する兵隊幼虫だ。

画像2。虫こぶで生活するアブラムシ

そこで、排出されたアブラムシの甘露が虫こぶの組織によって吸収されているのかどうかを確かめるため、野外での操作実験が行われた。虫こぶに小さな穴をあけ、そこから蒸留水またはショ糖水を1ml注入し、穴を木工用接着剤でふさぎ、20時間後に回収して内部に残っている溶液の量が調べられたのである。

その結果、ほぼすべての虫こぶで蒸留水は完全になくなり、虫こぶ組織に吸収されていることがわかった(画像3・a)。また、ショ糖水も吸収されたが、ショ糖濃度が高くなるに従って吸収効率が悪くなる傾向が見られた形だ(画像3・b~d)。モンゼンイスアブラムシの甘露の糖濃度を分析したところ、糖濃度は0.5%より低く、虫こぶに十分吸収されるレベルであった。

画像3は、モンゼンイスアブラムシの虫こぶを用いた吸水実験の結果。(a)蒸留水、16個の虫こぶで実験。(b)2%ショ糖水、10個の虫こぶで実験。(c)4%ショ糖水、10個の虫こぶで実験。(d)8%ショ糖水、11個の虫こぶで実験。

虫こぶ内壁に吸収された水溶液の行方を「サフラニン染色法」によって可視化したところ、維管束を通じた吸収経路が明らかになった(画像4)。

画像4は、吸収された水溶液の追跡実験。(a)サフラニン液を吸収したモンゼンイスアブラムシの虫こぶ内部(にサフラニン液が滴下された)。サフラニン液を吸収した周辺の虫こぶ組織が暗赤色に染色されている。吸収されたサフラニン液が虫こぶ組織内で輸送されて拡散し、脈状の構造を赤く染めた。(b)虫こぶ組織の切片。維管束が赤く染色されている。

画像3。モンゼンイスアブラムシの虫こぶを用いた吸水実験の結果

画像4。吸収された水溶液の追跡実験

ところで、多くの社会性アブラムシの虫こぶでは、開口部が1つまたは複数存在し、そこから兵隊幼虫が頭部を使って甘露球を開口部まで転がし外に捨てて、虫こぶ内の清潔を保っている(画像2・c)。ハクウンボクハナフシアブラムシという種はハクウンボクという落葉樹に開放型の虫こぶを作るが(画像1・b)、同様の吸水実験が行われたところ、虫こぶは水をまったく吸収しなかいことがわかった。

両種の虫こぶの内壁に着目して調べたところ、開放型のハクウンボクハナフシアブラムシの虫こぶ内壁は厚いワックス層に覆われて水をはじく性質(撥水性)を持つことが判明(画像5・a、b)。

一方、完全閉鎖型のモンゼンイスアブラムシの虫こぶ内壁表層はスポンジ状の組織構造であって水になじむ性質(親水性)を示した(画像5・c、d)。さらに他種アブラムシの虫こぶでも、「マンサクイガフシアブラムシ」の開放型虫こぶの内壁は撥水性でワックス層に覆われていたのに対し、「イスノフシアブラムシ」の完全閉鎖型虫こぶの内壁は親水性でスポンジ状であった。これらの結果から、虫こぶ内壁の構造的な違いが、虫こぶの吸水性の有無に関係している可能性が考えられたのである。

画像5は、さまざまなアブラムシの虫こぶ内壁の特徴。(a)、(b)ハクウンボクハナフシアブラムシの虫こぶ(開放型)。(c)、(d)モンゼンイスアブラムシの虫こぶ(完全閉鎖型)。(e)、(f)「ササコナフキノツノアブラムシ」の虫こぶ(開放型)。(g)、(h)「エゴノネコアシアブラムシ」の虫こぶ(完全閉鎖型)。(a)、(c)、(e)、(g)は虫こぶ内壁に液を滴下した時の様子(液体の色の違いに意味はない)。(b)、(d)、(f)、(h)は虫こぶ内壁の断面を電子顕微鏡で観察した像。

画像5。さまざまなアブラムシの虫こぶ内壁の特徴

さらに、同じ植物上に形成される異なるアブラムシの虫こぶの比較検討も行われた。エゴノネコアシアブラムシとササコナフキツノアブラムシは、いずれもエゴノキという落葉樹に虫こぶを作り(画像1・c、d)、同じコナフキツノアブラムシ属に分類されるなど系統的に近縁で、生態もよく似ている。

重要な違いは、ササコナフキツノアブラムシの虫こぶは開放型なのに対して、エゴノネコアシアブラムシの虫こぶは完全閉鎖型という点だ。また、ササコナフキツノアブラムシでは兵隊幼虫による甘露の清掃行動が見られるが、エゴノネコアシアブラムシでは見られない。

これら2種類のアブラムシの虫こぶについて詳しく調べたところ、開放型のササコナフキツノアブラムシの虫こぶでは、内部に多くの甘露が蓄積しており、内壁は撥水性で、厚いワックス層で覆われていた(画像5e、f)。

一方、完全閉鎖型のエゴノネコアシアブラムシの虫こぶでは、内部に甘露が蓄積せず、内壁は親水性で、スポンジ状の表層構造である(画像5g、h)。さらに、エゴノネコアシアブラムシの完全閉鎖型の虫こぶに水を注入したところ、すみやかに吸収された。

これらの結果より、虫こぶの吸水性は、植物種によって決まっているのではなく、虫こぶを作るアブラムシの種によって決定されるという結論に至った次第だ。しかも、完全閉鎖型の虫こぶは吸水し、開放型の虫こぶは吸水しないというパターンが明らかになった。

生態学的な観点からいうと、開放型の虫こぶは外敵の侵入を受けやすいという欠点がある一方で、甘露を外に捨てることで虫こぶ内部の衛生状態を保つことができる利点がある。それに対して、完全閉鎖型の虫こぶは外敵に侵入されにくいという利点がある一方で、甘露を外に捨てることができないという衛生的な欠点を持つ。

そこで完全閉鎖型の虫こぶを作るアブラムシは、虫こぶ内壁に吸水性を持たせることよりは、この衛生的な問題を解決したと考えられる。今回調べた範囲では、完全閉鎖型の虫こぶはすべて吸水性を示したことから、おそらく両者は切り離すことができない形質であり、これにより、長期にわたる閉鎖空間での「巣ごもり」生活が可能になったと考えられるという。

今回の研究成果は、昆虫が自らの都合のよいように植物の形態や生理状態を改変するという「操作」現象に関する新しい知見であり、外部要因による植物の性質の制御という観点からも興味深いものだ。

今後は、吸収された甘露に含まれる糖やアミノ酸といった栄養分が、植物内でどのような物質に変換され、または植物によって再利用されているのかといった点に着目し、昆虫-植物間の相互作用についてさらに解明していく予定としている。

さらに、アブラムシが虫こぶの形態や生理状態を操作する具体的な分子機構の理解を目指し、次世代シーケンサーを利用した虫こぶ形成過程における網羅的発現遺伝子解析を計画しているとした。