産業技術総合研究所(産総研)は7月10月、アカトンボはオモクロームという色素の酸化還元反応によって、体色が黄色から赤色に変化することを解明したことを発表した。同成果の詳細は産総研 生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ の二橋亮 研究員と深津 武馬 研究グループ長らによるもので、米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Science USA」オンライン版に掲載された。

図1 アカトンボの体色変化(写真はナツアカネ)。メスはオスと比べて還元型の色素の割合が低く抗酸化状態の程度も低い

アカトンボとしてイメージされる鮮やかな赤色は、成熟したオスの色であり、メスや羽化したての未成熟のオスは、地味な黄色っぽい色彩をしており、このような雌雄の体色の違いが配偶者の認識や縄張り行動などにおいて重要な役割を担っている。昆虫類やその他の動物における体色変化については、色素の合成や分解、色素の局在変化、餌からの色素取り込みなどの機構が知られているが、これまでアカトンボの体色変化に対する分子機構についてはまったく不明であり、研究グループは今回、その解明に取り組んだ

図2 ショウジョウトンボの未成熟および成熟の雌雄の体色

具体的にはアキアカネ、ナツアカネ、ショウジョウトンボの3種類のアカトンボに含まれる色素の抽出と同定を実施。その結果、これらのアカトンボに共通して、黄色~赤色の色素である2種類のオモクローム系色素(キサントマチンと脱炭酸型キサントマチン)が含まれることが判明した。

図3 赤くなるトンボから同定された2種類のオモクローム系色素。どちらも酸化型は黄色みが強く、還元型は赤みが強い

オモクローム系色素については、先行研究により試験管内で酸化還元反応により色が可逆的に変化することが報告されており、今回のアカトンボから抽出した色素も酸化剤や還元剤を添加したところ、酸化剤によって黄色へ、還元剤によって赤色へと可逆的に変化することが確認された。また、生きているアカトンボに還元剤であるアスコルビン酸(ビタミンC)を注入したところ、未成熟オスだけでなく成熟メスも、成熟オスのような赤い体色に変化することが確認された。

さらに未成熟と成熟のオスとメスのそれぞれから抽出した色素について酸化還元電流を測定して、色素の酸化型と還元型の割合を定量したところ、成熟オスだけ還元型オモクローム系色素の割合が顕著に高いことも判明。これらのことから、アカトンボの黄色から赤色への体色変化は、オモクローム系色素が還元型に変化することが主要な原因であることが判明したという。

図4 上:還元剤を矢印の部分に局所注入したときの体色変化。下:成虫の腹部から抽出したオモクローム系色素の還元型の割合(10個体の平均と標準偏差)

この結果から、植物などでは、アスコルビン酸など水溶性の抗酸化物質(還元剤)の蓄積がよくみられるが、アカトンボでも成熟オスでは抗酸化物質の合成や蓄積が行われ、オモクローム系色素の還元に関与している可能性が出てきたことから、トンボの皮膚を水で抽出して抗酸化物質の存在を調べたところ、成熟オスには抗酸化物質が多く含まれることが示されたほか、この抗酸化物質を同定したところ、還元型オモクローム系色素そのものが、オスに含まれる抗酸化物質の主要成分であることが判明した。

図5 酸化還元電流の測定結果。赤い成熟オスでは抗酸化物質の量が多いことが確認された

従来、多くのアカトンボ類でオスだけが赤くなるのは、婚姻色として性的に成熟したオスの識別やアピールに機能をもつと考えられてきたが、今回の研究結果により、オスのアカトンボが日向に留まって縄張りをつくる際に、紫外線による酸化ストレスを軽減するという別の機能も果たしているという新たな可能性が考えられるようになった。

なお、赤くなったトンボは細胞内が抗酸化状態となっており、標本にしたアカトンボでもかなりの期間にわたって赤色が保たれることから、色素の還元型の状態を維持する何らかの機構を有していることがうかがえ、その機構を解明することで、抗酸化作用に関する新たな理解が得られる可能性も考えられると研究グループでは説明しており、今後は次世代シーケンサを用いた網羅的遺伝子発現解析を行うことで、アカトンボの体色変化にかかわる分子機構の解明をはかり、抗酸化反応を効率的に行い、その状態を維持する機構を明らかにしていくとするほか、将来的には天然の抗酸化物質を応用した製剤の開発などにもつながることが期待できるとしている