東京医科歯科大学と大日本印刷(DNP)は10月11日、2005年4月1日にスタートした「ナノメディスン(DNP)講座」から派生した、3D MRI画像解析による「病的近視」の原因究明・早期発見法、そしてその治療につながる技術「非侵襲眼球計測システム」を開発したと発表した。
病的近視とは、何らかの原因で「眼軸」(眼の前後の長さ)が伸び、ピントが合わないという光学的な問題だけではなく、眼球自体がいびつに変形することで、網膜や視神経などの視覚にとって重要な組織が、伸展(伸びたり・歪んだり)するために、網膜出血、網膜変性、網膜剥離、緑内障、視神経障害などを生じ、メガネやコンタクトレンズをつけても視力が出なくなってしまう病態だ。
文部科学省学校保健統計によると、日本ではここ30年間に裸眼視力0.3未満の小児(ほとんどは近視と考えられる)が3倍以上に増加していることが報告されている。
また、福岡県久山町での医学調査「久山町スタディー」を基に試算した結果、病的近視の人口は、40歳以上でおよそ5%と推定された。加齢と共に近視から病的近視へと進行するリスクがあるため、今後も病的近視の患者数は増加傾向にあり、現在でも失明原因の第5位になっている状況だ。
東京医科歯科大 眼科学分野の大野京子准教授らが行った、3D MRI画像解析を用いた病的近視に関する研究は、2012年5月に国際科学雑誌「The Lancet、Ophthalmology、Investigative Ophthalmology & Visual Science」にも掲載され2012年10月25日から国立京都国際会館で開催される「第66回日本臨床眼科学会」、11月10日より米国・シカゴで開催される「米国眼科学会議(AAO2012)」でも発表される予定だ。
また東京医科歯科大 研究担当理事の森田育男副学長らは、印刷技術を用いた再生医療技術を開発中で、皮膚や骨、歯周組織の再生において、動物を用いた実験ですでに成功を収めている。
その研究成果を応用し、病的近視の治療法として、眼球変形部位にコラーゲン合成細胞を転写して、眼球の歪みや変形を抑制する治療法を開発中だ。森田副学長らの研究成果は、循環器系のトップジャーナルである「Arteriosclerosis, Thrombosis, and Vascular Biology」や組織工学のトップジャーナルである「Tissue Engineering」などに報告された。
今回発表された2つの研究成果は、このような近視人口の増加に伴う失明リスクを未然に防ぐための診断法や治療法の開発につながる有意義なものだと考えられるという。
そして今回の研究のポイントは、以下の通りである。1つ目は、世界で初めて、3D MRIを用いて生体内での眼球の形状を3次元的に可視化することに成功したことだ。これにより、より詳しく眼球の形状の変形を解明でき、眼球の変形が主な発症原因である「病的近視」や「緑内障」「網膜剥離」などの新しい治療法の開発につながると期待される。
続いて2つ目は、今回開発された3D MRIを用いて3次元的にさまざまな角度から眼球を観察できる「眼球形状診断システム」によって、アジア諸国における主要な失明原因である「病的近視」の原因が、眼球形状の変形による網膜や視神経の機械的障害であることを突き止めたことだ。さらに、病的近視を引き起こす眼球形状の変形にはいくつかのパターンがあることも発見された。
3つ目は、眼球形状の変形を3D MRIによって正確に把握して早期に是正することにより、合併病変の発生前に病的近視自体を治療するまったく新しい治療法開発への応用が期待できるようになったことだ。
4つ目は、さらに「病的近視」では、眼球の血管が減少していることも判明し、眼球に酸素や栄養を補給するライフラインである毛細血管の減少と、血管層の「菲薄(ひはく)化」によって、眼球の形状異状を引き起こしている可能性があることがわかったことである。
5つ目は、上記のような血管の減少が引き起こす「虚血性疾患」と呼ばれる病態は、眼だけに限らず全身に生じ、さまざまな病気の原因と関係することから、血管再生医療の開発が盛んに行われているが、今回の共同研究で、印刷技術を応用した血管再生技術によって、血管が失われた部分に細胞シートを移植する動物実験に成功したことだ。
6つ目は、印刷技術と情報技術の融合により、DNPと東京医科歯科大学との共同研究の成果として、印刷技術を応用した新たな再生医療、情報技術を活用した病的近視患者の眼球形状の治療的解析が可能になったことである。
そして7つ目が、世界で初めて光リソグラフィ技術を用いて、ヒトの血液からパターン化された血管を体外で作成し、転写技術を用いて、体内に移植することにより、病態、および運動機能が改善することを、動物の虚血モデルで示したこと。
最後の8つ目は、この転写技術の応用で、骨欠損モデルにおける迅速な骨再生、歯周病モデルにおける歯周組織の迅速な再生も可能となり、新たな再生医療法としての期待が膨らんでいることだ。
研究グループは、今回の研究では、冒頭で述べたように3D MRIという手法を用いて、撮影された眼球を3次元的に解析した。その結果、近視のない正常な眼は、眼球がほぼ球形であり、すべての方向で対称性が保たれているのに対し、病的近視の眼は、前後方向に長いだけでなく、中枢神経系に属する網膜や視神経を擁する眼球後部が複雑な形に変形していることが発見された(画像1)。
さらに、眼球の変形を分析すると、日本人の病的近視の眼球変形パターンには4つのタイプがあることが判明した。画像3が正常な眼球と、その病的近視の眼球変形の4タイプをまとめたものだ(すべて右眼を下から見た図)。
Aはいうまでもなく正常なもの。Bが、下から見て左右が非対称で、鼻側がより突出した「鼻側偏位型」。Cが、下から見て左右が非対称で、耳側がより突出した「耳側偏位型」。Dが、下から見て左右対称かつ後極がとがっている「紡錘型(イチゴ型)」。Eが、下から見て左右対称かつ後極が鈍な「樽型」だ。
さらに4つの中でも、特に眼球の耳側半分が突出している耳側偏位型の眼球の病的近視患者に、視神経障害がより多く発症していることがわかった(画像4~6)。このことからも、病的近視に関しては、ある特定の眼球変形のパターンが失明とリンクすることが見出された形だ。
耳側突出型の右眼と視神経の様子。画像5(左)は耳側突出型の右眼を下から見たもの。画像6(右)は後ろから見たもの。視神経(金色で描出)は突出部位のすぐ鼻側についている。この症例の患者は高度の視野狭窄を伴っている |
なお、こうした病的近視の眼球の分析に用いられたのが、東京医科歯科大とDNPの共同研究によって開発されたソフトウェアの非侵襲眼球計測システムである。
非侵襲眼球計測システムは眼球形状の定量的解析が可能で、患者の眼球の形状を比較できるだけでなく、視神経障害を初めとする病的近視による諸症状の進行と、眼球変形の進行にどのような関連があるかも研究することができるようになっているのが特徴だ。それにより、病的近視眼では、加齢と共に、視神経付着部付近の眼球後部の突出程度が強くなることも明らかにした。
また、非侵襲眼球計測システムが解析対象とする画像は3D MRIに限定されず、眼底カメラ、OCT(optical coherence tomography:光干渉断層像)など種々の画像診断機器を用いて非侵襲に眼球や眼底の計測を可能にする拡張性を備えている。
またこの共同研究では、すでに印刷技術を用いた再生医療技術を開発しており、皮膚や骨、歯周組織の再生において、動物を用いた実験で成功を収めている。現在はその研究成果を応用し、病的近視の治療法として、眼球変形部位にコラーゲン合成細胞を転写して、眼球の歪みや変形を抑制する治療法を開発中だ(画像7)。
病的近視の本質的な原因は、眼球形状、特に網膜や視神経を擁する眼球後部の変形に関係していること、そして眼球形状の変形により、網膜や視神経が機械的に障礙(しょうげ)されることが、病的近視の視覚障害の原因であることを世界で初めて突き止めた。
この発見により、視覚障害を生じるリスクが高い眼球形状を持つ患者を未然に見出すことができると共に、眼球形状を是正する治療の発展により、病的近視の本質を眼底病変発生前に治療することができるというまったく画期的な新規治療法への発展が大いに期待できるという。
さらに印刷技術を応用した再生医療技術を、病的近視の治療に活用することへの可能性が高まっているとも、研究グループはコメントしている。