生理学研究所(NIPS)は6月29日、脳の視覚野に障害を持ったサルの盲視現象は、実験室での特定の条件のもとで起こるだけではなく、日常生活シーンの中でも、起きていることを証明したと発表した。

成果は、NIPSの吉田正俊助教、同伊佐正教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、6月28日付けで米科学誌「Current Biology」電子版に掲載された。

「見えている」という意識をしなくても、脳の中には目(網膜)からの視覚情報が脳に無意識に送り込まれている。これは、脳の「視覚野」という部位が損傷して見えていないはずなのに、無意識に見えているという現象の「盲視」があることからわかってきた。

盲視とは「見えていると意識できないのに見えている」という現象と定義される。1973年、視覚野に障害を持った患者が、その見えないはずの視野にあるものの位置を当てることができることに医師が気がついたことから発見された現象だ。

例えば、スクリーンに光点を点灯させて当てずっぽうでいいから位置を当てるように指示すると、その患者はそれが見えないにもかかわらず、光点を正しく指差すことができたのである。また、棒が縦か横かを当てるテストでもほとんど間違いがなく答えることができた。

このように本人は見えていると意識できていないにもかかわらず、眼球運動など一部の視覚機能は損傷から回復させることができる。この現象を「盲視」と呼ぶのだ。

通常、網膜で見た情報は「視床」を経由して視覚野に送られ、ここで初めて「見ている」として意識される。しかし、伊佐教授らの研究チームのこれまでの成果から、脳梗塞などで視覚野が障害を受けた場合には、中脳の「上丘」を介して脳の中に無意識に情報が伝わっていくことがわかってきた。

画像1。脳内の資格情報の流れ

しかし、盲視についてはわかっていないことも多い。これまで、視覚野の脳血管障害患者でも"見えている"と意識していないのに、障害物をよけて歩くことができたりするなど、不思議な現象が知られていた。しかし、これが本当に盲視なのかは証明されていなかったのである。

研究チームはこれまで、視覚野に障害のあるサルでも、「見えている」と意識せずに視覚刺激のある場所をいい当てることができる「盲視」を証明してきた。そこで研究チームは今回、実験室での特殊な視覚刺激条件ではなく、日常生活のシーンの中でも、そうした盲視現象が生じるかどうかを、日常生活シーンの映像を利用して検証することにしたのである。

その結果、特に見えないはずの視野の中でも、「動き」「明るさ」「色」で目立つ部分には目を向けることができることが判明した。つまり、見えていないはずなのに、目の動きを見るだけで無意識にどこに注意を向けているのかを検証できることがわかったのである。

今回の実験では、視覚野に障害があるために視覚障害を持つサルに、日常生活シーンの映像を見せ、その時の目の動きを測定。日常生活シーンの映像から、「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」「色(青―黄)」「傾き」に関わる視覚情報の特徴を分析し、その映像を見ている時の視覚障害サルの目の動きとの比較が行われた。

画像2。今回の実験では、日常生活シーンの映像から「動き」「明るさ」「色」「傾き」のどこに目を向けるかが検証された

正常のサルと視覚障害の盲視のサルの目の動きを比較したところ、盲視のサルでも「動き」「明るさ」「色(赤―緑)」の画像特徴を認識して、そこに目を向けることが判明。一方で、「傾き」については、盲視のサルでは、注視できないこともわかった。

画像3。盲視でも「動き」「明るさ」「色」をとらえ正常と変わらず目を向ける

その結果、視覚障害の盲視のサルでも、視覚情報の中から「動き」「明るさ」「色」といった画像情報の特徴をとらえ、目を向けることができることがわかったのである。"見えていないのに無意識に見えている"ことがわかったというわけだ。

脳梗塞などの脳血管障害による視覚野の損傷で視野障害となった患者は多い。これまでにも、研究チームが明らかにしてきたように、実際には、意識していなくても目で見た情報は損傷を受けた視覚野をバイパスされ、脳に伝わることが今回の実験でも改めて証明された。特にに、「動き」「色」「明るさ」といった情報は、脳に無意識に伝わり、目の動きを促すことがわかったのである。

なお、こうした無意識の視覚を代償的なものとして利用することで、目を動かすリハビリテーションの訓練を行うこともできると考えられるという。例えば、意識には上らない視覚機能を、「動き」「色」「明るさ」に対する目の動きを使って評価することで、リハビリテーションの効果判定を行うことができる可能性があるとした。

また吉田助教は、脳血管障害による視覚障害患者(脳梗塞後の同名半盲など)において、盲視の能力が日常生活でも使える可能性を明らかにしたことで、視覚障害患者でもリハビリテーションなどによって視覚機能回復を行う意義と可能性を示したとコメント。また、"ムービークリップ視聴中の眼球運動の測定"という検査方法によって、どの程度(無意識に)見えているのか検査することが可能ということもわかったとも述べている。