国立天文台は10月2日、同組織が運用する、国内の4台の電波天文台をネットワークさせた電波干渉計「VERA(VLBI Exploration of Radio Astrometry)」などを用いて進めてきた精密測量の結果を基に天の川銀河の基本尺度を正確に決定することに成功し、太陽から天の川銀河の中心までは2万6100光年、太陽系の場所での銀河回転の速度は240km/s(約2億年で1周)であることを発表した(画像1)。

成果は、国立天文台 水沢VLBI観測所・総合研究大学院大学の本間希樹准教授を中心とする、全国の天文台や大学、韓国やドイツの研究者を含めた30名を超える研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2013年3月25日発行予定の「日本天文学会欧文研究報告(PASJ)」に掲載される予定だ。

画像1。精密測量で得られた天の川銀河の基本尺度(想像図)

我々の天の川銀河はどんな大きさや重さ、形状を持つ銀河なのかといった疑問に対し、これまでは直径は約10万光年、厚さは約1000光年(最も厚いバルジ部)、形状はかつては「渦巻き銀河」とされていたが、近年の研究成果から「棒渦巻き銀河(渦巻き銀河の1種だが棒状構造が見られるもの)」という見方がされている。

そして銀河中心からの太陽系までの距離は2万8000光年前後、銀河系内を周回する太陽系の回転速度は秒速220km/s前後、1周には約2億2500万~2億5000万年かかるとされてきた。

しかし、銀河系のサイズや形状、太陽系の回転速度などは実際のところは、はっきりとはわかっていなかったのである。

その最大の理由はいうまでもなく、我々自身が天の川銀河の中にいるため、天の川銀河を外から見渡すことができないからだ。内側にいる我々がその全体像をつかむためには、天の川銀河の中にある多数の星について個々の地球からの距離を正確に測定し(画像2)、天の川銀河を上空から見渡した「天の川銀河の地図」を作ることが必要になる。

画像2。VERAを構成する電波天文台の1基から見上げる天の川。天の川銀河の正確な大きさや重さ、形状は実は未知である

天体の距離を仮定なしに測定するためには、地球が太陽の周りを周回することによって発生する「三角視差(年周視差)」を利用する(画像3)。しかし、この年周視差はとても小さいので(太陽から最も近い4.3光年の距離にある恒星ケンタウルス座αでさえ1秒角以下)、これまで年周視差を計測できた領域は太陽系から1000光年以内に留まっていた。

これは、例えば太陽から天の川銀河の中心までの距離に比べて、ずっと小さな領域になる。このために天の川銀河全域の測量は現代天文学に残されたフロンティアといえるのだ。

画像3は、年周視差測定のイメージ。地球が太陽の周りを1年で公転するため、例えば夏と冬では天体の位置(地球から見た方角)はわずかに変化する。この天体位置変化を年周視差と呼ぶ。遠い天体の視差は小さく、近い天体の視差が大きいため、視差を測れば天体までの距離がわかる。

画像3。年周視差測定のイメージ

研究グループが観測を続けているVERAは、岩手県奥州市、鹿児島県薩摩川内市、東京都小笠原村、沖縄県石垣市の4カ所に設置された直径20mの電波望遠鏡からなる電波干渉計だ(画像4参照)。

VERAは、VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉計)の技術を用いて天体までの距離を精密に計測し、天の川銀河の3次元立体構造を明らかにするためのプロジェクトである。

チリのアタカマ砂漠に建設中のアルマ望遠鏡と同じコンセプトの観測システムであり、水沢観測局と石垣島観測局が約2270km離れていることから、それと等しい直径の電波望遠鏡というわけだ。直径だけを比較したら、アルマ望遠鏡は最大18.5kmなので、非常に巨大なのである(電波望遠鏡の数はアルマ望遠鏡の方が66台と圧倒的に多い)。

国立天文台水沢VLBI観測所が鹿児島大学など全国の大学と協力しつつ運用しており、建設は2002年に完了、2007年から定常的に天体の距離計測を行っているところだ。

画像4。VERAの望遠鏡の配置図。岩手県から沖縄県まで4カ所の望遠鏡で同時に観測することで、直径約2300kmの日本列島規模のサイズの巨大な電波望遠鏡と同じ性能を発揮する

VERAはこれまでに100天体を超える天の川銀河内の電波天体(メーザー源)の観測を終了し、その内約30天体については正確な距離と運動をつきとめている。今回は、これまでにVERAで観測した星形成領域(若い生まれたての星)の観測結果(19天体)と、さらに、米国のVLBI装置「VLBA」とヨーロッパのVLBI装置「EVN」で得られた測量結果を合わせて、合計52天体を用いて、その距離と運動から天の川銀河の基本尺度を決定した(画像5・6)。天の川銀河の構造を解析するために、最新のVERAの計測結果や50個を超える天体を用いたのは、世界でも初めてのこととなる。

画像5。天の川銀河の位置―速度図上での天体分布。横軸が銀経、縦軸が視線速度で、黒い丸がこれまでに観測された52天体。背景の赤・緑・青色の背景は星の種となる分子ガスの分布で、観測した天体が分子ガスに沿って存在することがわかる

画像6。天の川銀河を上空から見た想像図と、精密測量が行われた52天体の分布(赤印)

これらの観測に基づいた研究の結果、天の川銀河の基本尺度である銀河中心距離R0(太陽系から天の川銀河の中心までの距離)と、太陽系の場所での銀河回転速度Θ0を高い精度で決定することに成功。その結果、銀河中心の距離はR0=8.0±0.5kpc(約26100±1600光年)、太陽系における銀河回転速度はΘ0=240±14km/sが得られたのである(画像7)。

画像7。今回の解析から得られた天の川銀河の基本尺度。太陽系と天の川銀河の中心までの距離26100光年と太陽系の銀河回転速度240km/sが精密に得られた。この距離と速度から、太陽系は天の川銀河内を約2億年で1周することがわかる

今回得られた銀河回転速度は、1985年以来の国際天文連合の推奨値である220km/sよりも大きな値になっている。この結果は、後述するように天の川銀河の回転速度と質量分布に修正を迫るものになる。一方、銀河中心距離は1985年以来国際天文連合で推奨されてきた8.5kpc(約27700光年)と誤差の範囲内でほぼ一致している。しかし、今回の測定は三角測量をベースにした直接的な測定であり、より高精度であることが非常に重要な点だという。

また、これらの基本尺度に加えて、天の川銀河の回転速度が銀河中心距離1万~5万光年の間でほぼ一定であることも確認された(画像8)。

画像8。今回の解析から得られた天の川銀河内の天体の回転速度。天体がどの場所でも240km/s前後のほぼ一定の速度で回転していることがわかる

一般に銀河の回転速度は、銀河の重力との釣り合いで決まる。そのため、銀河の回転を測ることは銀河の質量を測ることになる。今回の得られた最新の銀河回転速度(Θ0=240km/s)を用いて太陽系よりも内側の天の川銀河の質量を求めると、これまでの値を用いた場合に比べて約20%も増加することになる。すなわち、この領域にあるダークマターの量がこれまで推定されていたよりも多くなることを意味しているという。

現在、ダークマターはミクロな素粒子であるとする説が主流だ。実際、地球に降り注ぐダークマター粒子を直接とらえようとするダークマター検出実験が素粒子実験物理学者たちによって進められている。今回の研究の結果は、地球に降り注ぐダークマター粒子の数と速さにも修正を迫るもので、素粒子物理学実験にもインパクトを与えるものだ。

今回の成果は、VERAが進めている天の川銀河スケールでの精密測量が天の川銀河の構造決定に強力であることを改めて示すものである。今回の成果は、VERAの建設完了から10年目、VERAの初期成果から5年目の節目にあたる2012年に達成した記念碑的なものとなった。今後はさらにVERAによる観測を続けて、10年程度で天体数を100個程度まで増やす計画だ。それにより、より高い精度で天の川銀河の基本構造を決定できると期待しているとした。

またVERAに加えてVLBAやEVNの観測、さらには2013年打ち上げ予定のGAIA衛星などの観測結果も合わせると、今後10年で天の川銀河の理解が飛躍的に進むだろうと、研究チームはコメントしている。