新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は9月13日、高感度・低コストの抗体集積化チップの開発に成功したと発表した。

成果はNEDOの若手グラント(産業技術研究助成事業)の一環として、免疫診断に使用する抗体の高感度化と製造コストの低減に取り組んでいる京都工芸繊維大学 熊田陽一助教によるもの。詳細は9月27日~28日に開催される第11回産学官連携会議/イノベーションジャパン2012の「若手研究者による科学・技術研究説明会」で発表される。

将来の予防医療社会を考える上で、免疫診断に使用する抗体の高感度化と製造コストの低減が課題となっている。これまで免疫診断に用いられてきた完全長抗体は製造コストが高く、免疫診断の価格も高騰している。このような背景から、研究グループでは、小サイズで、完全長抗体と同じ機能が期待できる単鎖抗体を用い、抗体チップ基板として使用するポリスチレン基板にしっかりと付着するタグを単鎖抗体の片方の末端に融合させて、単鎖抗体を高密度に、かつバイオマーカーの捕捉に適した配向方向の揃った状態で基板に固定化できないか検討してきた。

図1 バイオマーカーの検出方法

単鎖抗体は、従来の抗体と同等の抗原認識力を有し、組み換え大腸菌で安価に生産可能なことから、次世代の診断用素子として利用が期待されている。単鎖抗体の分子サイズは、従来の抗体の1/5~1/6と極めて小さく、ポリスチレンなどの材料基板上に高密度かつ安定に固定化できれば、免疫診断の低コスト化と高感度化が期待できるという。しかし、通常、単鎖抗体を組み換え大腸菌で生産した場合、その大部分が不溶で不活性な凝集体として回収され、抗原結合活性を回復するためには煩雑なリフォールディング操作を行う必要がある。

さらに、リフォールディング操作によって抗原結合活性を回復しても、単鎖抗体を材料基板上に固定化した際に、基板表面との接触によって立体構造が変化し、抗原結合活性を著しく喪失するため、実用化の大きな妨げとなる。そこで、単鎖抗体の生産、リフォールディング、固定化プロセスを工学的視点から抜本的に改善し、極めて低コストで高パフォーマンスな診断用単鎖抗体固定化基板の製造技術を確立した。さらに、同技術によって安価に製造された単鎖抗体固定化基板を用い、バイオマーカーの標識糖鎖を高感度に検出可能な糖鎖プロファイリング診断技術の開発に成功した。

図2 抗体集積化チップの製造工程例

新たな製造技術ポイントは、(1)プラスチック基板高親和性タグを単鎖抗体の片方の末端に付加させて高感度化、(2)タグ付き単鎖抗体の低コスト化および生産性の向上、(3)煩雑かつ非効率的なリフォールディング操作の大幅な簡略化、低コスト化の3つが挙げられる。

(1)では、ポリスチレン基板上に所望のタンパク質を高密度かつ均一な分子配向で固定化するためのペプチドタグを開発した。さらに、プロトタイプのタグをタンパク質の配向固定に適したアミノ酸配列に最適化することに成功した。この結果、様々な機能性タンパク質にタグを付加させて、機能性タンパク質を高密度かつ高活性な状態で基板上に固定化することが可能となった。特に、ポリスチレンに強固に付着するポリスチレンタグを付加させた「ポリスチレン高親和性タグ付き単鎖抗体」は、従来抗体と比較して50倍以上高密度な固定化が可能であり、その結果、免疫測定による検出感度を10倍以上高感度化できることを実証した。

図3 完全長抗体とタグ付き単鎖抗体の構造

図4 タグ付き単鎖抗体の優位性

(2)では、多品種の単鎖抗体を同時に生産可能なハイスループット生産システムを開発した。ディープウェルプレートを高速で揺動させ、酸素供給を高めた環境下において組み換え大腸菌を培養することにより、各ウェルから高純度で高濃度のタグ付き単鎖抗体を回収できることを実証した。各ウェルにおけるタグ付き単鎖抗体生産性のバラツキはほとんどなく、安価に多品種のタグ付き単鎖抗体を極めて迅速に生産可能とした(1枚のディープウェルプレートで96種類のタグ付き単鎖抗体が生産可能。1ウェル当たりの生産濃度:約1g/l)。

各ウェル内に生産されたタグ付き単鎖抗体は、フィルタプレートを用いる精製(図2)によって高純度に精製された後、固相リフォールディング技術によって診断用プレートやチップ基板上に固定化できる。

図5 高速振とう培養機を用いるタグ付き単鎖抗体のハイスループット生産

(3)では、安価に生産された変性状態のタグ付き単鎖抗体を用い、極めて簡便で効率的な単鎖抗体固定化基板の製造プロセスを確立した。タグのポリスチレンに対する親和力を利用して、変性状態の単鎖抗体をポリスチレン製基板上に配向固定化し、さらに基板表面を緩衝液で洗浄することで、基板上に固定化された単鎖抗体の立体構造を正常な状態に回復できる固相リフォールディング技術を見出した。

(2)と(3)の製造プロセスは、極めて汎用性が高く、多種類の単鎖抗体に利用可能であるとともに、完全長抗体を用いる従来の手法と比較して、抗体固定化基板の製造コストを1/10以下に削減できる。さらに、タグ付き単鎖抗体の固定化基板を従来の診断用プレートから診断用チップに変更すると、タグ付き抗体の試薬量を大幅に削減可能であり、さらなる低コスト化に繋がること期待しているという。

これまでの研究で、多くのバイオマーカーについて、それらの糖鎖構造が疾病時に大きく変化することが明らかとなっており、これを簡便かつ高感度に検出できる技術を開発すれば、臨床診断分野における価値は非常に大きいと考えられる。

そこで、(1)~(3)の要素技術とレクチンの糖鎖認識力を利用し、バイオマーカーの糖鎖構造を評価可能なプロファイリング診断技術を開発。さらに、単鎖抗体固定化基板を用いてバイオマーカーを基板上に選択的かつ高度に濃縮し、バイオマーカーに標識されている糖鎖をレクチンの糖鎖認識能力を利用して高感度に検出することに成功した。この結果、バイオマーカーに標識された糖鎖構造に基づくシグナルを検出可能となり、バイオマーカーの質的変化を評価できるようになった。従来の免疫診断では、バイオマーカーの体内濃度が判断基準となる基準値(カットオフ値)を上回るか下回るかで疾病の診断がなされてきたが、バイオマーカーの体内濃度は年齢、性別、喫煙の有無、妊娠の有無などによって大きく変化するものも多く、必ずしも全ての人に同じ基準値が適応できるわけではなかった。今回の研究で開発された糖鎖プロファイリング診断技術を利用することで、バイオマーカーの量的な変化に加え、質的な変化も新たな診断基準として利用することが可能となり、従来よりも正確な疾病診断が実施できるという。

従来のタンパク質の糖鎖解析は、高純度かつ高濃度の試料を必要とし、さらに、LC-MSやMALDI-TOF MSなどの大型で高額な分析機器を要することから臨床診断への応用は困難だった。また、図6に示す通り、従来の完全長抗体固定化基板を用いて糖鎖プロファイリング診断を行った場合、検出感度が低いことに加え、完全長抗体自身の糖鎖も同時に検出されることによる、バックグラウンドシグナルの上昇ならびにS/N比の大幅な低下が問題だった。今回の研究で開発した単鎖抗体固定化基板は、完全長抗体固定化基板と比較して感度の向上が期待できる点、さらには、単鎖抗体自身が糖鎖を有しておらず、高いS/N比でのシグナルが検出できる。現在、代表的ながんマーカーをはじめ、様々な疾病マーカーの糖鎖プロファイリング診断システムを開発しており、今後臨床診断への応用が期待されるという。

図6 タグ付き単鎖抗体固定化基板を用いる糖鎖プロファイリング診断システム

抗体集積化チップの実用化に向けた取り組みでは、抗体チップ基板に親和性の高いタグを付加した単鎖抗体の固定化技術をコアとして、タグ付き単鎖抗体の生産、リフォールディング、基板固定化操作を抜本的に見直すとともに、それらを産業利用可能な一連の製造技術として確立することに成功した。今後、利用できる単鎖抗体/バイオマーカーのレパートリーを可能な限り増やし、臨床診断の低コスト化、高感度化、信頼性の強化に貢献していく考え。また、単鎖抗体集積化チップの検出感度のさらなる向上を検討するとともに、血液や尿などの実サンプルを用いた実証試験を進めていく方針。

今回の成果の要素技術は、臨床診断のみならず、様々な用途に利用可能という。例えば、医薬品精製工程におけるアフィニティクロマト担体の開発や食品加工プロセスにおける固定化酵素触媒の高機能化ならびに低コスト化なども本技術が利用できる。また、ポリスチレン基板に親和性の高いタグのみならず、今後、様々な材料表面に高親和的に作用するペプチドタグが単離できる可能性が高く、それらを積極的に利用すれば、タンパク質の高度な機能を有用な材料表面に積極的に付与でき、極めてパフォーマンスの高い次世代のバイオ材料の開発が可能となるとコメントしている。