産業技術総合研究所(産総研)は9月5日、日本環境科学の協力を得て、農業用水や河川水などの環境水中の低濃度の「溶存態(水に溶けている状態)」放射性セシウム(Cs)を「プルシアンブルー担持不織布」によって濃縮し、従来よりも迅速に分析できる「放射性Csモニタリングシステム」を開発したと発表した。

成果は、産総研 地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループの保高徹生研究員、同・川辺能成主任研究員、同・ナノシステム研究部門 グリーンテクノロジー研究グループの川本徹研究グループ長らの研究グループによるもので、技術の一部は、2012年5月19日~21日に福島市で開催された「環境放射能除染学会」で発表された。また、詳細は2012年9月18日~20日に札幌市で開催される「平成24年度 農業農村工学会大会講演会」にて発表される予定だ。

東京電力福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の多くは山林に沈着し、降雨などに伴い山林から徐々に環境水中に流出する。例えば、文部科学省が2011年7月に福島県内の河川水51カ所で実施した調査では、平均でCs134が0.54Bq/l、Cs137が0.58Bq/lと低濃度の放射性Csが検出された。これらの環境水中の放射性Csの発生源としては、山林からの流出水、水田などの農地からの濁水流出、生活排水などがある。

環境水中の放射性Csは主に溶存態と「懸濁物質付着態」が存在する。溶存態の放射性Csは植物に吸収されやすいことから、水を多く使用する水田や水耕栽培において農作物への影響が注目されており、その濃度を的確・迅速に測定する必要がある。

しかしながら、溶存態放射性Cs濃度は、多くの場所で0.2Bq/l以下と低濃度であり、ゲルマニウム半導体検出器では約6~13時間かけても定量ができない。そのため、通常は5~200lの水を固相抽出法や蒸発法により6時間~1週間程度かけて濃縮した上で測定する必要があった。したがって、水中の低濃度の溶存態放射性Csを、より短時間の前処理や測定で、かつ、より低濃度まで測定できる方法が望まれていたのである。

そこで今回開発されたのが、プルシアンブルー担持不織布を使用した放射性Csモニタリングシステムだ(画像1)。システムの絡む部分の概要と、プルシアンブルー担持不織布への吸着を表したのが画像2である。

同方法は、ポンプで環境水を組み上げ、プルシアンブルー不織布を充填したカラムを複数個、縦列に連結し、これらのカラム内を一定速度で100~200l通水させることで、プルシアンブルー不織布に放射性Csを濃縮するという方法である。

画像1。プルシアンブルー担持不織布(左)とモニタリングシステム(右)

画像2。プルシアンブルー担持不織布とカラムによる溶存態放射性Cs吸着の概要(カラムを2本接続した場合)

不織布には、水中の溶存態の放射性Csを特異的に吸着するプルシアンブルーを担持させてある。この不織布を充填したカラムに水を通過させて、プルシアンブルー担持不織布に溶存態の放射性Csを吸着させて濃縮する仕組みだ。

サンプリング地点でカラムに水を100~200l通水すると、従来から実施されている2lの容器による環境水中の放射性Csの分析と比較して50~100倍の濃縮が可能となる。

不織布に担持したプルシアンブルーの構造を示したのが画像3だ。プルシアンブルーは、ジャングルジムのような構造で内部に空隙を持ち、その空隙にCsを取り込むと考えられている。

溶存態の放射性Csを吸着・濃縮したプルシアンブルー担持不織布を、水を用いて超音波洗浄し、付着した土粒子などの細粒分を除去した後に容器に充填する。この不織布をゲルマニウム半導体検出器で分析すると、溶存態放射性Csのみの濃度を測定できる。

画像4は、溶存態の放射性Cs濃度を1.5Bq/lに調整した汚染水を用い、カラムを12本縦列に接続し通水させた結果だ。最初のカラム3本で67%、全カラム(12本)でほぼ100%の放射性Csの回収が可能であることが確認された。

画像3。不織布中のプルシアンブルーの構造

画像4。プルシアンブルー担持不織布の通水カラム数と放射性Cs回収率

また、実際の低濃度の放射性Csを含む環境水(0.01~0.1Bq/lレベル)の試験結果においても、各カラムの吸着率は同様の傾向を示した具合だ。10~12カラムで99%以上の溶存態放射性Csの回収が可能であり、その定量下限は0.01Bq/lを達成した。

これにより、従来の溶存態放射性Cs測定法の1/10以上の前処理・分析時間で、2lの容器による測定の定量下限の1/10~1/20程度の定量下限の達成が可能である(画像5)。

同方法を用いて2012年3月~5月に、京都大学大学院農学研究科の中村公人准教授らと協力して福島県内(阿武隈高地、中通り)で実施した環境水モニタリングの結果の一部をまとめたのが画像6だ。

画像6の表については、以下の但し書きも目を通していただきたい。斜体太字は、大雨後の出水時。懸濁物質の濃度が大きく上昇する。

  1. 主に溶存態と懸濁物質付着体の合計:2lの容器に水を入れゲルマニウム半導体検出器で6時間~13時間で測定
  2. 5/1は大雨後であり水位が高く懸濁物質が多く流れていた。また地点Bおよび地点Dでは懸濁物質濃度が22~100mg/lと高いため、測定期間中の全放射性セシウム濃度は懸濁物質の沈降により過大評価となっている可能性がある
  3. 5/19も前日の雨のため5/1程ではないが水位が高い状態

画像5。水中の溶存態放射性セシウム測定法の本方法と従来法との比較(*1:前処理時間、測定時間、定量下限値は、濃縮水量により変化する)

画像6。福島県内で実施した環境水モニタリングの結果

これらの調査地点では、溶存態の放射性Cs濃度は0.01Bq/l~0.09Bq/lの範囲であり低いレベルであった。溶存態放射性Cs濃度は放射性Csの沈着量が多い阿武隈高地で高い傾向にあり、大雨後には上昇する傾向が見られた。

一方、全放射性Cs濃度(主に溶存態と懸濁物質付着態)は0.17Bq/l未満~2.9Bq/lであり、特に大雨後(斜体太字)の出水時に懸濁物質濃度の上昇と共に放射性Cs濃度が4倍~30倍程度上昇することが確認された。また溶存態放射性Csの存在比は、出水時には懸濁物質付着態の増加量が大きく存在比は10%未満であるが、通常時で10%~40%程度であることが確認されている。

なお今回の方法を用いることで、植物への吸収や放射性Csの環境動態・物質循環で大きな役割を果たす溶存態の放射性Cs濃度の測定が可能となる。

研究グループは現在、溶存態放射性Csだけでなく、懸濁物質付着態の放射性Csを現場で濃縮する方法を開発中だ。今後は同モニタリングシステムの汎用化、懸濁物質付着態のモニタリング方法の開発をすすめると共に、早期の技術移転を目指すという。また、福島県内自治体や関連研究機関と連携を取り、福島県内の環境水中の放射性Csの経時的なモニタリングを実施し、環境中の放射性Csの動態評価、植物体への影響について評価を行うとしている。