九州大学(九大)は、心筋梗塞後の心不全の発症において、活性酸素が心筋細胞の老化を引き起こす仕組みを明らかにすると同時に、温泉などの臭い分子やニンニクなどの食品の活性成分としても知られている硫化水素が、活性酸素による心筋細胞の老化を抑制する治療効果があることを併せて発表した。
成果は、九大大学院 薬学研究院 創薬育薬産学官連携分野の西田基宏准教授を中心とする国内外の9つの大学の16人の研究者による国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間7月2日付けで英国科学雑誌「Nature Chemical Biology」電子版に掲載された。また、日本時間8月2日発行の印刷版にも掲載される予定だ。
心疾患は、がんに次ぐ第2位の死因であり、中でも心不全は心疾患による死亡の主要な要因だ。また近年は、心疾患による死亡率・死亡数が共に上昇傾向にあり、今後、その予防・治療法の確立はますます重要な課題となってきている。
活性酸素は、生物が酸素を使って生命活動を営む上で必ず発生してしまう有害物質だ。活性酸素が過剰に体内で作られると、がんや老化、メタボリックシンドローム、神経変性疾患などの発症に関わることがわかってきたが、活性酸素がどのような仕組みで病気の進展に関わるのかは不明な点が多く残されていた。
心筋梗塞を起こした心臓では、慢性炎症に伴い活性酸素が過剰に作られるが、この活性酸素が心不全の発症にどのように関わるかはよくわかっていない。西田准教授らは、マウスに心筋梗塞を起こして心不全モデルを作り、その心臓を検討。すると、活性酸素と生体分子との反応により生じる2次活性物質(親電子物質)が蓄積していることが発見された。
また、親電子物質の反応の標的となるタンパク質を探索した結果、「H-Ras」という、細胞老化の制御に密接に関わるがん遺伝子産物であることも判明。さらに、親電子物質がH-Rasタンパク質に含まれる「システイン残基」と化学反応することでH-Rasタンパク質の機能が修飾(活性化)され、その結果、細胞老化が引き起こされることが発見されたのである。
西田准教授らは、親電子物質が細胞内でどのように代謝・分解されていくのかを「siRNAスクリーニング」法で探索していく中で、「シスタチオニンβシンターゼ(CBS)」とシスタチオニンγリアーゼ(CSE)」という酵素が、重要な役割を担っていることを発見。
そして研究グループが注目したのが、両酵素の共通した反応産物である硫化水素だ。硫化水素は、よく「卵の腐ったような」などと評される温泉の臭い分子であり、血管拡張作用などの効能があることが知られている。
また、ニンニクやネギなどに豊富に含まれる含硫化合物は、体内に摂取された後、硫化水素を発生する有効成分の1種だ。生体内でもCBSやCSEの働きにより硫化水素が作られることが近年明らかにされ、その働きが注目されている。
研究グループは、硫化水素が親電子物質と直接反応して、それらの親電子性を失わせる作用があることを発見。すなわち、活性酸素や親電子物質が生体内で過剰に働かないように、硫化水素にはそれらを失活させる役目があるとも考えられたのである。
実際、CBSとCSEが心臓でどの程度働いているかを調べるために、それらの酵素の発現量を調べた結果、これら両酵素は心臓にほとんど発現していないことがわかった。つまり心筋梗塞を起こした心臓では、このような硫化水素の働きが不十分であるため、親電子物質が蓄積していると考えられるのである。
そこで、心筋梗塞を起こしたマウスに硫化水素ナトリウムの水溶液を投与したところ、硫化水素を与えたマウスでは、著しい心機能の改善が見られた。この時、心臓での親電子物質の蓄積とH-Rasタンパク質の活性化も著明に抑制されていたのである。
硫化水素そのものは、高濃度では毒性があることや、不安定で取り扱いにくいことから、ヒトへの治療に応用するには、今後、硫化水素と同様の働きがある安全で取り扱いの容易な治療剤の開発が必要になるという。
一方、ヒトの身の回りには、前述したように硫黄泉に含まれる硫化水素や、ニンニクやネギに含まれる含硫化合物などがあり、すでに活用している状況だ。このような硫化水素が活性酸素や親電子物質による心不全発症に対してどのような効果があるのかを含めて、今後のさらなる研究の進展が期待されると、研究グループはコメントしている。