毎年6月、米国半導体業界恒例のイベントが、Freescale Semiconductorの主催するFreescale Technology Forum(FTF)だ。FTFそのものは世界各地で開催されるが、口火を切るのは本家アメリカで開催される「FTF Americas 2012」となる。今年も昨年同様、テキサス州San Antonioの郊外にあるJW Marriott San Antonio Hill Country Resort & Spaにて6月18日から21日までの4日間にかけて開催された(Photo01)。もっとも4日間といっても18日の午後に最初のセッションがスタート、21日の午前で殆どのセッションが終わるので実質的にはほぼ3日間といったところであるが、この3日間の間に基調講演が3本とTechnical Sessionが275トラック(これは当初予定で、実際はさらに人気があったSessionについてはRepeat Sessionが追加されたりしたので、トータルでは300トラック近く)実施されるという、恐ろしく密度の高い3日間である(Photo02)。
Photo01:この期間中、ホテルの建物の上にはFreescaleの旗が。他にも建物の内部の至る所にFTFの旗やポスターなどが貼られるのも昨年と同様 |
Photo02:初日のTechnical Sessionスケジュール。右側の上段がガバっとあいているのは、お昼休みでTechnology Labがオープンしている時間だから。逆に言うと、昼食を食べながら続行するセッションが10もあるというすさまじさ |
初日の基調講演には就任したばかりの新CEOが登場
さて、基調講演は3本であるが、その初日の内容をかいつまんでご紹介したい。FTFが開催されるわずか2週間前の6月5日、同社はこれまでCEOを勤めていたRich Beyer氏に代わり、新しくGregg Lowe氏(Photo03)がCEOの座についており就任直後の登壇となった。とはいえ、流石に2週間で同社のすべての製品を理解した上で基調講演をフルにこなすのは難しいこともあり、ここでは会社の方向付けと戦略の概要を改めて強調する役となった。
このFTFにおいて、Freescaleは多くの新製品と新アーキテクチャの発表を行っており、基調講演でこれらを実際に紹介したのは、それぞれの事業部門を率いる2人である。まず壇上に登場したのはTom Deitrich氏(Photo04)だ。
Photo04:Senior Vice President and General Manager, NMSG(Networking & Multimedia Solutions Group)のTom Deitrich氏。昨年末にAMDに転職したLisa Siu氏が率いていたNetwork部門とi.MXシリーズの製品群を現在率いている |
今回のFTFにおいて、NMSG関連では「QorIQ B4420」(Photo05)、「QorIQ AMP T1042/T2080」というQorIQシリーズの通信プロセッサ新製品と、基地局向けのRFソリューションである「Airfast RF」、それに次世代通信プロセッサのアーキテクチャである「Layerscap」(Photo06,07)といった話を一気に紹介した。特にLayerscape Architectureに関しては、これまでPower Architectureコアの独壇場だった通信プロセッサの世界にARMアーキテクチャが投入されるということで様々な驚きの声が上がっているが、これはもう少し複雑な話である。これについては別途レポートをする予定である。
Photo05:B4420はPower ArchitectureコアにDSPを組み合わせたQorIQ Qonvergeシリーズの第1世代の最終製品という扱いで、上位モデルのB4860とピン互換、ソフトウェア互換が保たれており、Metrocell~Microcell向けの製品となる |
Photo06:日本語プレスリリースでも触れられているが、次世代のネットワークであるSDN(Software-Defined Network)に対応すべくアーキテクチャを根底から変更したのがこのLayerscape Architectureとなる |
Photo07:そのLayerscape Architectureの最初の製品は、ARM Cortex-A7/A15を搭載する、というのが大きなトピックとして取り上げられた |
次はもう1つの事業部門であるAISG(Automotive, Industrial & Multi-market Solutions Group)であるが、まずはAISGの中で自動車部門担当であるRay Cornyn氏(Photo08)が登場し、今度は自動車業界向けの製品発表を行った。
同社の場合、自動車向けとしてS08/S12といった8/16bitの従来のソリューションに加えて、Power Architectureコアベースの32bit Qorivva MCU(Photo09)、ARMベースのi.MX(Photo10)などをラインアップしてきていたが、今回これに加えてVybridも投入されることが明らかにされた(Photo11)。この自動車向けVybridについては別途レポートを予定している。
Photo09:Qorivvaは自動車向けに特化した32bit MCUであるが、同じ技術を使ってもう少し汎用向けとしたPXシリーズMCUもラインナップしている。もっぱらエンジン/車体制御などのクリティカルな部分で利用される |
Photo10:Infortaimentなどの分野向けはエンジン制御ほどに安全性は求められず、むしろ高機能・高性能が求められる分野であり、ここに積極的にi.MXシリーズを投入してゆくことを明らかにしている。このi.MXシリーズは従来だとNMSGの扱う製品だったが、現在はNMSGとAISGの両方が扱うようになってきているのは、分野を問わずARMアーキテクチャが求められるようになってきた表れとも言える |
Photo11:Vybridそのものの発表は2011年11月だが、Vybridという名前に決まったのは2012年4月である |
最後に氏が述べたのは「SafeAssure」の分野である(Photo12)。日本語では「機能安全」と訳すが、FreescaleのQorivvaをベースに、機能安全規格を満たすソリューションが同日発表されており、これを実際にテストベッドを使ってのデモが行われた。
ついでAISGを率いるReza Kazerounian博士(Photo13)が登壇、AISGの残り半分の分野である産業向けのソリューションの説明が行われた。
最初に説明があったのはVybridで、これは2012年4月に発表のあった内容のもの。具体的にCortex-A5とCortex-M4を連携させた動作がデモされたが、これは後でTechnology Labでもデモがなされていたのでこちらのほうで紹介したい。次がKinetisシリーズの新製品の「Kinetis L」(Photo14)である。
Photo14:KinetisはCortex-M4をベースとしたMCUで、2011年11月にはハイエンド向けにやはりCortex-M4を搭載したKinetis Xを発表したが、今回のKinetis Lは逆にローエンド向けとなる |
Kinetis Lは先日ARMが発表したばかりのCortex-M0+コアを搭載しており、Freescaleはこれを従来8bitのS08などが担っていた低消費電力向けまで広げる意向を示している(Photo15)。
Photo15:ここで言う8bitとか16bitは、同社製品というよりも世間一般的な8bit~16bit向けの製品を指しているので、必ずしもS08の代替というわけではないのだが、現実問題としてそうしたトランジションが起きてくるであろうとは予想される |
基調講演の中では、このKinetis Lと、主要MCUベンダがそれぞれ「低消費電力向け」としてリリースしているMCUでベンチマークを行い、Kinetis Lが非常に優れた低消費電力性を備えている事をデモした(Photo16・17)。最後に再びGregg Lowe氏が登壇、締めくくりを述べて初日の基調講演は終了した。
Photo16:4つのマイコンボードが並び、その上に電源チャージ回路が並ぶという仕組み。この状態で、CoreMarkを実施→Sleepを繰り返し、性能と消費電力を比較するというもの |
Photo17:テスト結果はこちら。どんな基準でどんなチップを選んだか、といった話は翌日のAISGのラウンドテーブルでも話題になった |
ちなみに2日目の基調講演はX PRIZE FoundationのCEOであるPeter H. Diamandis氏(Photo18)が登壇、X PRISEがどういう目的と意図で様々なチャレンジを開催し、その結果として何を成し遂げてきたかを2時間に渡って紹介するという、これもなかなか興味深い話であった。3日目の基調講演はDoug Yates氏とPeter van Manen博士を招き、レースの世界と半導体業界の係わり合いについての座談会が行われた(Photo19)。
Photo18:端的に言えば「一見実現不可能な課題でも、ボーナスを弾むことにより様々なチャレンジが行われ、その結果として実現するだけでなく、大きな産業になりえる」というのが氏の信念で、ANSARI X PRIZEの話はまさにこれを地で行くものとなった。このANSARI X PRIZEの過程を説明しながら、現在財団が進めている様々なチャレンジについても紹介がなされた |
Photo19:左はRoush Yates EnginesのCEOのDoug Yates氏。NASCAR用エンジンビルダーの第一人者である。真ん中はMcLaren Electronic SystemsのManaging DirectorであるPeter van Manen博士。McLaren Electronic SystemsはF1に加えてNASCAR用のECUの供給を行うという話は昨年もレポートした通り |
Technology Labで見かけた注目技術とFreescale Cupの決勝大会
基調講演が終わると後はTechnical Sessionの山であるが、これに並行する形でTechnology Labも併設されている。要するに展示会場であるが、基調講演で示された様々なデモ(Photo20)や、Freescaleの半導体を搭載した製品の紹介以外に、様々なソリューションやデモも行われている。例えば32bit MCUを使った自動掃除器のプロトタイプ(Photo21)やFreescaleによる防水タブレットのプロトタイプ(Photo22)なんてものから、サードパーティによるi.MX 6のパフォーマンスをフルに使ったMozaic NUIのデモ(Photo23)やFreescaleによるVybridの動作デモ(Photo24)など、かなり多い。こちらについてはまた別にまとめて紹介をしたいと思う。
Photo20:AISGの車載関連で登場したのがこちら。エンジンは「なんちゃって」で実際に自走できるわけではないが、SafeAssure関連の機構はしっかりインプリメントされている |
Photo21:あくまでもこれは制御のプロトタイピング用で、別にこれでルンバもどきを作れる、という意味ではない |
Photo22:ただ防水という割にはあちこち構造が甘かった気はするのだが。i.MX53搭載 |
Photo23:動作している様子はこちらで。これはYOUi Labsが開発したもの。最大20のDVD Videoを同時に再生しながら、それを3D的に表示するなんて芸当が、i.MX 6のリファレンス基板だけで行えるというものだった |
Photo24:実はこれも基調講演でも行われたもの。VybridのCortex-A5側はTwitterのTLから、自分宛のMentionを拾って曲目を選択し、Cortex-M4側に送る。Cortex-M4はこれをTower Moduleの上に刺さっているiPod Nanoに送り、結果としてiPod NanoにTwitter経由で再生の指示ができるというもの |
ところで今回のFTFで併催されているのが、FTF Make It Challange。いわゆるFreescale Cupのファイナルである。Freescale Cupとは、大学生(日本だと高専生も含む)を対象にしたもので、Freescaleの提供するFreescale Cup Intelligent Car Development Systemを購入し、この上で制御ソフトやセンサを工夫して定められたコースを走らせるというものである。こう言うと非常に簡単に聞こえるかもしれないが、コースはこんな感じ(Photo25)で直線あり、ループあり、波状路あり、段差ありのなかなか難しいものである。基本はイメージセンサを使い、コース中央の黒い線を追ってゆくように車を調整するというものだが、ループのある場所でいかにループを認識するか、とか速度の調整をどうやって行うかなど課題は多い。ちなみにモーターとかの交換は不可能なので、車のハードウェアそのものは全チーム「ほぼ」同じで、主な性能差はソフトウェアに起因することになる。
Photo25:これは6月19日の練習中の風景。ちなみに世界中どこでもこれと同じコースだそうで、なのでいきなり見たことも無いコースに出くわして困る、ということにはならないようだが、実際はわずかな照明の違いとかで認識をミスったりしてなかなか大変そうだった |
ちなみにこのFTF Make It Challangeは、世界中で開催されるFTF Cupの勝者が集まるファイナルチャレンジであるが、FTF Make It Challangeの場合は2つのチャレンジがあり
- Make it Faster:とにかくコースを規定周回、なるべく早く周回する
- Make it Smarter:いかにセンサやツールなどをスマートに使って車を仕上げるかを競う
の2項目で評価されることになる(Photo26)。ちなみに2013年のMake It Challangeに向けて、既に2012年のFreescale Cupは全世界で始まっており、日本でも9月29日に予選が、10月に開催されるFTF Japan 2012において本戦が行われる予定だ。
Photo26:コース脇で調整をする白いワンピースの女性が、今回のFTF Make It ChallangeでMake it Faster/Make it Smarterの両部門で優勝したCatalina de la Cuesta嬢(コロンビア) |
その他 - 会場で見かけた面白い取り組み
テクニカルセッションの内容そのものは、殆どのセッションでプレゼンテーションが公開されており、誰でもアクセスできるが、やはりその場で説明を聞きながら必要なら随時質問できる方が理解が早い、というのは言うまでもないことだろう。ジャンルに関しても、Freescaleの製品そのものの内容だけでなく、業界動向とか標準規格に関するセッション(例えば自動車の機能安全に関してのセッションの資料は、個人的には機能安全そのものの理解に一番手頃な教科書ではないかと思う)も多く、Freescale製品に直接関係無い開発者にとっても案外に役立つものではないかと思う。
また会場には(3日目の基調講演の繋がりもあって)NASCARの実車(Photo27)に加え、American Le Mans Seriesに参加しているDempsey Racingの25号車(Photo28)がさりげなく(?)展示されていた。
Photo27:これはMatt Kenseth選手(Roush Fenway Racing)のCar No.17の車両 |
Photo28:ちなみにこの25号車のドライバーの片方は、同社のHenri Richard氏(Senior Vice President, Chief Sales and Marketing Officer)である |
また受付脇にはFreescale Storeがオープンしていた(Photo29)のだが、18日の午後一番の時点で既にPX MCUのTower Kitが売り切れになっていた(Photo30)のは、よほど数が少なかったのか、それとも買い占めた奴がいたのか…。ちなみに最終日までずーっと品切れだったので、初日に間に合わないのでSOLD OUTにしたという訳ではないようだが。
Photo29:受付のノートPCでオンラインで購入(カード決済可能なのはうれしかった)すると、受付のお姉さんが奥のストックヤードからブツを持ってきてくれる。筆者も100ドルほど書籍を購入 |
Photo30:物によっては50% Offということで、最終日にはかなりのものが売り切れになっていた |
ということで、今年のFTF Americasの様子をまずは簡単にご紹介した。これに続き、もう少し詳細なレポートを後追いの形でお届けするのでお楽しみに。