東北大学は6月19日、日本航空電子工業、トッパン・テクニカル・デザインセンターとの共同研究により、バイオ分子の分布が変化する様子を、応答電流の変化からリアルタイムに画像化できるセンサシステム「バイオLSI」(画像1・2)の開発に成功したと発表した。
成果は、東北大 マイクロシステム融合研究開発センター及び原子分子材料科学高等研究機構の末永(まつえ)智一教授、同江刺正喜教授、同井上久美研究員らの研究グループによるもの。研究は、科学技術振興機構(JST)の先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラムの1つであるマイクロシステム融合研究開発拠点で実施された。また研究の詳細な内容は、6月13日付けで英王立化学会の発行する学会誌「Lab on a Chip」電子版に掲載。
バイオ分子の挙動をリアルタイムに画像化する技術は、生きている細胞同士のコミュニケーションの解明や病気の診断など、基礎研究と実用技術の両方の分野で求められている。
特に、生殖医療、神経科学、薬剤スクリーニングなどの観点から、細胞の活性の指標となる呼吸量評価や、細胞-細胞間のコミュニケーションに利用される神経伝達物質を、定量的にとらえる技術が求められているところだ。
バイオ分子の画像化には一般的に蛍光標識法が用いられているが、蛍光物質で目的のバイオ分子を標識する必要があり、標識が邪魔になって本来のバイオ分子の状態を観察することができないという問題があった。
今回の研究で採用した「アンペロメトリー法」は電気化学計測法の1つで、電極を用いて溶液中の化学物質を酸化/還元する際の電流変化から、化学物質の濃度を知ることができる。
一般的にバイオ分子の画像化に用いられる蛍光測定法と比較して、標識蛍光物質が不要なため、本来のバイオ分子の挙動を観察できる利点があるが、短所もないわけではない。アンペロメトリー法は通常、1本の電極を用いて行うため、ある1箇所の分子濃度を測定することはできても、その分布を画像化することができないのである。
これまで、アンペロメトリー法で分子分布を画像化するための手法として、2つの方法が検討されてきた。1つは電極を走査して画像化する方法で、もう1つは多数の電極を並べたチップを作製する方法だ。
電極を走査する方法は、「走査型電気化学顕微鏡(SECM)」と呼ばれ、微小電極を利用することで高解像度に細胞から放出される物質を画像化することに成功しているが、走査に時間がかかるため、リアルタイムの測定が困難という短所がある。
他方、多数の電極を並べる方法は、従来のマイクロシステム技術(MEMS技術)では集積化に限度があり、100個を超える電極を1枚のチップ上に作製することは困難だった。
今回開発されたバイオLSIでは、アンペロメトリー用電極の作製にLSIの製造技術を用いることで、多数の電極を並べる方法の問題点を解決。10.5mm四方のチップ上に高感度電極を400個集積することが可能になり、バイオ分子の高感度2次元にマッピングに成功したというわけだ(画像3)。
画像3は、バイオLSIのチップとその拡大図だ。左がLSIを搭載した測定チップ。センサ部のLSIはセラミック基板上の金配線に接続され、この測定チップを測定ユニットに挿入するだけで、測定装置との接続ができる。測定溶液を入れるためのアクリルの枠が設置され、この溶液溜めの中の配線部は透明なエラストマー(素材:ポリジメチルシロキサン、PDMS)で保護されている仕組みだ。
そして中央が、LSI部分の拡大図。顕微鏡観察化での測定を想定し、光電効果によるノイズを防ぐためにLSI表面のできるだけ広い面積を金で覆い遮光している。
右は測定部の拡大図。直径40μmの電極部以外はエポキシ系の樹脂(SU-83005フォトレジスト)で覆われている作りだ。
さらに、ビデオカメラと同様の信号処理法をLSIで行うことにより、1/8スケール以下で動画化ができるようになった。その結果、今回の研究グループでは、酵素の働きによって生成したバイオ分子が広がってゆく様子を200ms間隔で撮影することに成功している(画像4・5)。
画像4はグルコースオキシダーゼの働きによって生成した過酸化水素が広がってゆく様子をバイオLSIで撮影した連続画像。過酸化水素濃度が高い箇所ほど大きな還元電流が流れ、濃い色で示されている。右上はセンサの部分写真で、赤い点線の範囲にグルコースオキシダーゼが塗布されている。0sの時にグルコース(5mM)を添加した。
そして画像5が、画像4の検出原理図だ。溶液中にグルコースを添加すると、グルコースオキシダーゼの働きによって過酸化水素が生成する。電極表面には、あらかじめ西洋ワサビペルオキシダーゼ(HRP)配位オスミウム(Os)ポリマーが塗布してあり、生成した過酸化水素はHRPの働きによって水に還元される仕組みだ。
この反応と共役してポリマー中のOs2+がOs3+に酸化される。電極にOs3+の還元電位(画像3の実験では0.0Vvs.AgAgCl)を印加しておくと、生成したOs3+は電極から電子を受取って再びOs2+に還元されるというわけだ。この時に、単位時間あたりに電極からOs3+へ渡された電子の数(すなわち電流)をLSI回路で検出する。
今回開発されたバイオLSIは、最先端LSI技術とMEMS技術を融合することにより作製されたものであり、研究グループによれば、脳の疾患と関係する神経伝達物質の放出の様子の観察や、移植用組織の検査など、幅広い応用が期待されているという。
また画像化だけでなく、各画素を1つのセンサとして使用することで、多くの細胞を同時に計測するなどの同時多サンプル計測に利用することも可能だ。そして研究グループは現在、貸し出し用のバイオLSIシステムを複数台用意しており、実用センサへの応用研究を実施する提携先を募集中としている。