海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球環境変動領域・寒冷圏気候研究チームの猪上淳チームリーダーらの研究チームは、海洋地球研究船「みらい」によって蓄積されてきた現場観測データを用い、北極海の夏から秋に発生する高度500m以下に雲底高度を持つ下層雲が、海氷の減少に伴って30%減少したことを明らかにした。同成果は米国地球物理学連合発行の学術誌「Geophysical Research Letters」に掲載されたほか、「Nature Geoscience」にもリサーチハイライトとしても紹介された。

夏の北極海上では背の低い雲(下層雲)が発生しやすく、この雲は夏の太陽放射(短波放射)を遮る効果(日傘効果)があるため、夏のごく短い期間は海氷を溶けづらくする効果があることが知られているが、秋から冬にかけては、雲底からの下向きの赤外放射(長波放射)により、海氷面を暖める効果(温室効果)があることが知られており、雲底高度が北極海の海氷上の熱収支を議論する上で重要なパラメータとなっている。

近年、海氷の減少により、この雲の特性が変化してきている可能性が観測衛星や数値モデルなどの研究から指摘されるようになってきているが、海氷消失域での雲底高度に関する現場観測データの蓄積はこれまで十分行われてこなかった。

今回の研究では、「みらい」で観測された海氷消失域での雲底高度の頻度分布を、海氷で覆われていた時期(1998年)に行われた米国のプロジェクト(SHEBA)のデータと比較する形で実施された。

図1 (a)「みらい」北極航海の全航跡(赤線とオレンジ線)と2010年9月の海氷域。(b)過去にアメリカのプロジェクトで行われた氷上での観測点(青点)と1998年9月の海氷域

その結果、高度500m以下に雲底を持つ下層雲の出現頻度が30%減少し、代わり高度500m以上に雲底を持つ雲が20%以上増加していることが判明した。

図2 秋の北極海における雲底高度の出現頻度分布図。(a)北緯75度以北の海氷消失域の観測結果(「みらい」航海8年分の平均)、(b)海氷域での観測結果(1998年のアメリカによるSHEBAのプロジェクト)。ラジオゾンデ:灰色、シーロメーター/ライダー:黒色

これはシーロメーターとラジオゾンデともに共通した現象で、表面状態の変化(海氷面/海面)に伴う熱的影響が強く反映されたものであると考えられると研究チームでは説明している。

さらに詳細な観測を実施した2010年の航海データを用いて、海面水温と海上気温の温度差が雲底高度にどのような影響を及ぼすかを同一場所の数次観測データから解析を行ったところ、温度差が小さい場合は低い層状性(霧や層雲)の雲、大きい場合は高い対流性(層積雲)の雲が発生していることが見出されたという。

図3 2010年「みらい」北極航海で観測された、海面水温と海上気温の差(SST-Ts)と雲底高度の散布図。ラジオゾンデ(●印)、シーロメーター(+印)の結果。SST-Tsが小さいほど低い雲が、大きいほど高い雲が卓越する。赤、青、緑は北緯71~75度、西経162度ラインで行われた集中観測期間を示す。上の写真がその期間の雲の様子を表し、温度差が小さい集中観測1では低い雲、温度差が大きい集中観測2・3では高い雲が見える。温度差3度を境に、それより低い場合は層状性、高い場合は対流性の雲が発生

この現象について研究チームでは、海氷の消失により、海面に太陽熱が蓄えられることで水温が上昇し、大気への熱や水蒸気の供給が増加することで、従来、海氷上で顕著に見られた層状性の雲よりも対流性の雲の発生が増大する要因を解明したとしている。

図4 海氷消失域と海氷上の雲構造の違い(模式図)。海氷の減少に伴って、海面からの熱供給が増加し、雲底高度の高い雲が顕著になる

なお、北極海の海氷消失域では低気圧が発生しやすいことがすでに過去の観測結果から示されている。低気圧の後面から吹き出す海氷域起源の寒気は暖かい海面上で熱と水蒸気の影響により、対流性の雲を発生させるが、今回の研究で見出された雲底高度の高い雲はこのようなメカニズムに対応した現象であり、この構造変化は、海面/海氷面の熱収支に複雑な影響をもたらすと考えられるため、数値モデルにおける海面水温や海氷の分布、気温や水蒸気量などの大気・海洋・海氷のデータの適正化とモデルの高精度化により、海氷の融解・生成過程への影響度合、将来的には地球規模での環境影響の定量化に寄与することが期待されると研究チームではコメントしている。