東北大学は、ショウジョウバエの脳内において一部の神経細胞が雌雄で異なる形をしている理由が、雄は染色体が読み取りづらく、雌は逆に読み取り易い結果、神経細胞が異なる形に作られることを明らかにしたと発表した。行動の性差は神経細胞の性差から生まれると考えられ、なぜ男女が違う行動をするのかという疑問にも答える成果といえる。

成果は、東北大 大学院の伊藤弘樹研究員、山元大輔教授らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「Cell」に近く掲載される。

ヒトを含め、動物の脳に雌雄差のあることは40年ほど前から知られていたが、その性差が生み出される仕組みはほとんどわかっていなかった。

山元教授らは、ショウジョウバエを用いて、脳を組み立てている1つ1つの神経細胞の数や形に性差が存在し、「fruitless」遺伝子が十分に働かず、Fruitlessタンパク質が雄の脳から失われると神経細胞が完全に雌化してしまい、雌に対してほとんど求愛しなくなることを20年近く前に見出し、この遺伝子の情報に基づいて雄でのみ合成されるFruitlessタンパク質の機能の研究を続けてきた。

今回の研究では、Fruitlessタンパク質と協力して働く因子の探索を通じて、遺伝情報の読み取り方の違いが性差の根源にあることを突き止めたというわけだ。

ショウジョウバエの脳にあってフェロモンの情報を処理する神経細胞グループ「mALクラスター」には、3つの性差がある。第1に、クラスターを構成する細胞の数が雌は5個、雄は30個だ。第2に、細胞体の反対側を後方に伸びる突起の先端が、雌はY字型に分岐するのに対して、雄では馬の尻尾のような房状をしている。第3に、雄のmALクラスターの神経細胞には、細胞体と同じ側を後方に伸びる突起(同側突起)を持つものがあるが、雌では同側突起のあるものは1つもない。

Fruitlessタンパク質を失った突然変異体の雄では、上記の3つの特徴のすべてが、完全に雌型に変化してしまう。つまり、Fruitlessタンパク質は神経細胞を雄化する働きを持つわけだ。

これに対してFruitlessタンパク質が減っている変異体のmALクラスターは、雄型と雌型の神経細胞の混成状態となる。1つ1つの細胞を見ると決して性的中間状態にはなく雌型、雄型のどちらかであり、Fruitlessタンパク質が減るにつれて雄の脳のmALクラスターに含まれる雄型細胞の割合が減り、雌型細胞の割合が高くなっていく。

この効果を強めたり弱めたりする変異を探した結果、「HDAC1タンパク質」が減ると雌化傾向が高まり、「HP1aタンパク質」が減ると雄化傾向が高まることがわかった。

FruitlessとHDAC1の2つのタンパク質は染色体の約90カ所に一緒に結合してその周辺をきつく折り畳み、遺伝情報を読みづらい状態にする。それに対し、HP1aと一緒になったFruitlessタンパク質は染色体の約20カ所に結合して折り畳みを緩め、遺伝情報を読み取り易い状態にする仕組みだ。

こうして約100個の遺伝子のオン・オフ状態がセットされると、神経細胞は雄型に作り上げられる。Fruitlessタンパク質のない雌では、これらの遺伝子のオン・オフが基底状態のままであるため、神経細胞が雌型になるというわけだ。こうして、脳の性差が約100個の遺伝子のスイッチをオン・オフすることで生み出されることが明らかになった。

研究グループに寄れば、今後は、約100個あるFruitlessタンパク質の標的遺伝子(オン・オフされる側)の実体を解明することが、第1の課題だという。ヒトの体に見られる性差にもこの機構が寄与しているとすれば、発症に性差の認められる疾病の原因解明や治療への貢献が期待される。

解明されたFruitlessタンパク質が行動の性差を生み出す仕組み。
上段:Fruitlessタンパク質はHDAC1またはHP1aと一緒に染色体に結合し、その折り畳みを強めたり弱めたりすることで、遺伝情報の読み取り易さに雌雄で差をつける。
中段:読み出される遺伝情報の差によって、神経細胞の形に性差が作られる。
下段:神経細胞の形が違う結果、脳内に組み立てられる神経回路に違いが生じ、行動の性差となって表れる