日本原子力研究開発機構(JAEA)などで構成される研究グループは、239Puの核磁気共鳴(NMR)信号を二酸化プルトニウム(PuO2)において発見したことを発表した。同成果は、JAEA先端基礎研究センターの安岡弘志非常勤嘱託、中堂博之任期付研究員および米国ロスアラモス国立研究所(LANL)のJ.Thompson博士、D. Clark博士らの研究グループによるもので、5月18日(米国時間)に米国科学誌「Science」に掲載される。
NMRは原子核の持つ磁石としての性質を利用し、極低エネルギーのラジオ波を用いて原子核周辺の電子状態を知ることができる研究手段であり、現在では物理学はもちろん、化学、生物分野の分子構造解析や医療分野のMRIなど幅広い範囲で応用されるようになってきており、1946年の水素原子核のNMR信号観測成功以来、現在では90種類を超える原子核でNMR測定が可能となっている。
中でも、核スピンが1/2の原子核は電気四重極(原子核の電荷分布が球対称からずれた成分)がなく、核スピンは磁気的な外力とのみ相互作用をするため、NMR信号は線幅が狭く、分解能が高いという特長がある。現在では約30種類の核スピン1/2のNMR信号が観測されており、特に1Hは有機化合物の構造解析や、医療におけるMRIなど、幅広い分野で応用されているが、その一方で、既知の核スピン1/2の核種の中で239Puのみが、過去50年のNMR信号探索において信号が発見されていなかった。
周期表の最下段にあるアクチノイドと呼ばれる元素やその化合物の物性研究では、NMR測定は配位子(アクチノイドイオンと結合している周りのイオン)の原子核に限られており、NMR測定実績はUO2とUF6における235U核のNMRのみであった。アクチノイドの元素や化合物は核燃料として重要だが、それらの物質において物性を担っているのはアクチノイドイオンの電子状態であり、それらの性質は必ずしも明らかとはなっていなかった。
特に、プルトニウムは周期表中の元素を理解するうえで注目される金属の1つだ。その放射能のために詳細な研究は限られているが、その特性は完全に局在性でもなく遍歴性でもない5f-電子によって支配されており、この意味では希土類での局在的な4f-電子の振る舞いと3d-遷移金属での遍歴的な振る舞いを橋渡しする特別な役割を担っているといえ、この二面性が、2002年にLANLで、PuCoGa5が強い磁性を持つにもかかわらず18.5Kで超伝導に転移することが発見されたことにつながっているという。
また、現代社会で負の遺産として問題化している核燃料廃棄物の処理として、放射性プルトニウムの長期保存が議論されているが、それを行うためにもPuO2の酸化状態の理解が不可欠となる。しかし、未だにプルトニウム原子位置での微視的な特性評価が十分なされていないことから、分子構造や電子状態解析に応用するのに理想的なプルトニウム核のNMRを用いた微視的な物理、化学的研究の推進が求められていた。
239Pu核のNMR信号の観測が困難な理由は主に2つある。第一には、多くのアクチノイド化合物は5f-不対電子に起因する大きな磁性のため、原子の内部では、原子核と電子が強く結合し、原子核の位置に大きな磁場を生じており、そのためNMRの共鳴周波数は大きくシフトし、さらに緩和時間が極端に早くなり観測が出来なくなるためだ。また、第二には、NMR測定にとって重要な物理量である239Puの核磁気モーメントの正確な値がわかっていなかったため、NMR信号がどの周波数、磁場条件に観測されるか予測が難しかったためである。
今回研究グループは、こうした困難を克服して239Pu核のNMR信号観測を実現するためにPuO2に着目して研究を行った。PuO2中ではプルトニウムイオンは4価の陽イオンで、この状態ではプルトニウムイオンは5f-不対電子を持たないために、ほとんど磁性を示さない。そのため、緩和時間が長くなることが期待できるが、課題となったのが測定で用いる試料の質だという。プルトニウムイオンは多くの酸化数を持つためさまざまな組成のプルトニウム酸化物が存在している。さまざまな組成のプルトニウム酸化物を含む試料では239PuのNMR信号が分裂して、それぞれの信号強度が下がるという問題があり、今回の研究ではLANLの化学者と協力することで良質なPuO2の試料を用意し、緩和時間を長くするために極低温(3.95K)において、磁場、周波数の広い範囲で探索が行われた。
2011年9月にLANLのNMR測定装置で、純良なPuO2試料を用いて周波数16.51MHzで磁場を変化させながら測定した結果、239Pu核の核磁気モーメントが0.15μN(核磁子)と決定することに成功した。
図2は酸素欠損があるPuO2-x試料における239Pu核のNMRスペクトルで、酸素の配位状態の異なるプルトニウムサイトからの信号が分裂している様子を見て取ることが可能であり、ここから、239Pu核のNMR信号は配位元素の状態に敏感であり、分解能が高いことが判明した。
今回の研究により、これまで未定であった239Pu核の核磁気モーメントが決定されたほか、酸素欠損のあるPuO2-xにおいても239Pu核のNMR信号を観測し、周りの電子状態の異なる239Pu核では信号がまったく異なることが発見された。これらの成果は核燃料であるPuO2やその他プルトニウム酸化物、プルトニウム超伝導体、プルトニウム有機錯体など、あらゆるプルトニウム化合物において、物性を担うプルトニウムイオンの構造や電子状態の直接観測が可能となることを意味しており、今後プルトニウム基礎科学や原子力工学などの分野で新たな研究開発の可能性が開かれると考えられると研究グループではコメントしており、特に、世界的な問題である、プルトニウムを含む核燃料廃棄物の長期安全保存に関して、プルトニウムの酸化過程を解明できる唯一の手段となるため、より安全な保存方法を構築する研究に向けて、貴重な情報を提供できることが期待されるとしている。