科学技術振興機構(JST)と慶應義塾大学(慶大)は4月18日、導電性ダイヤモンドを電極とした有機電解反応による物質合成法を開発し、白金などのレアメタルを使わずに有用物質を合成することに成功した。

成果は、慶應大理工学部の栄長(えいなが)泰明教授、同西山繁教授らの研究グループによるもの。研究はJST課題達成型基礎研究の一環として行われた。研究の詳細な内容は、独科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版に近日中に掲載。

医薬品や機能性材料の開発において、パラジウムやルテニウム、クロムといった「レアメタル」を用いた有機反応は、これまで多くのブレイクスルーをもたらしたキーテクノロジーとして活躍してきた。

しかし近年、地球資源枯渇の観点からレアメタルの確保・供給維持が深刻な問題として取り上げられているのは改めて説明するまでもない。また医薬品合成の分野において、最終生成物に各反応段階に試薬として用いられた金属が微量成分として残存することが問題となり、品質保証の観点からもメタルフリーな代替技術の開発が期待されている状況だ。

有機電解反応は、毒性の高い重金属や爆発の危険性のある酸化剤を用いずとも、電流・電位の調整だけで基質を酸化・還元できる環境調和型有機反応である。しかし従来使用されている電極は、主に白金やパラジウム、金などのレアメタルであり、真にレアメタルフリーな有機反応ではなかった。

炭素電極も用いられてきたが、こちらは反応性の点で問題がある。ただし、もしレアメタルと同等、さらにはそれ以上の反応性を示す炭素材料を見いだすことができれば、電気と炭素のみでさまざまな有機反応を代替できることになり、大きな展開が可能であると期待されていた。

これまでに研究グループは、ダイヤモンドを化学電極として用いた、いわゆる「ダイヤモンド電極」時に優れた特性を持つことを発見している。ダイヤモンド電極とは、本来絶縁体であるダイヤモンドに、不純物としてホウ素を添加することで導電性を付与し、これを電極として利用したものだ。

電極材料として従来利用されている炭素電極、白金電極などに比較して、水溶液中での電位窓が広かったり、バックグラウンド電流が小さかったりするなどの優れた電気化学特性を持つため、センサ、水処理を初めとした応用が期待されている。また耐久性など、ダイヤモンド本来の物理化学特性も兼ね備えるため、次世代の新しい電極材料としても期待されている形だ。

そこで今回の研究では、有機電解反応にダイヤモンド電極を適用することに着目し、レアメタル電極ではないダイヤモンドを電極とした新しい有機合成法の確立を目指し、電解酸化反応の実験が行われた。その結果、次のことが明らかになったのである。

「メトキシラジカル」は極めて不安定な化学種であり、第1級から第3級まですべてのC-H結合から水素を引き抜くことができるとされている。そのような高活性な化学種を望む時に望む量だけ電気で発生させることができれば、レアメタルを凌ぐ有機反応の開発が可能であると期待されてきた。

これまではレアメタルである白金を電極としてメタノールの電解酸化によるメトキシラジカルの生成が知られている。しかし、その存在は実験結果から提唱されるのみで、ラジカル種として同定されたことはなかった形だ。

今回の研究では、この不安定な化学種をラジカル補足剤「DMPO」で安定ラジカルへと変換し「電子スピン共鳴法(ESR)」で測定することで、電解液中でのその存在を世界で初めて明らかにした(画像1)。

電子スピン共鳴とは、電子の持つ自転の自由度(スピン)を用いた磁気共鳴現象を指し、スピンに磁場と電磁波を加えた場合に生じる。いわば、核磁気共鳴(NMR)の電子版がESRである。分子が電荷を持つとスピン(フリーラジカル)を生じる場合が知られており、そのスピンに磁場を加えて電子エネルギーを分裂させ、その分裂幅に等しいエネルギーを持つ電磁波(マイクロ波)が吸収される現象を利用している形だ。従来は材料の評価に用いられていた。

画像1。電解液中のメトキシラジカル捕捉実験。スペクトルの高さが高いほど多くのラジカル種が存在している。導電性ダイヤモンドを電極とした際に多くのラジカル種が観測された

また、メトキシラジカルの生成は、白金電極を用いた電解液中においては確認されていたものの、一般的な炭素電極では確認されていなかった。今回、ダイヤモンド電極を用いることで、白金を用いた際の発生量をはるかに超えるメトキシラジカルの存在を観測することに成功した。この結果から、ダイヤモンド電極はレアメタル材料の代替材料として利用可能であることが明らかになったのである。

次に、メトキシラジカルを実際の有機反応に活用する目的で、天然有機化合物や人工抗炎症剤の合成に応用した。その結果、ダイヤモンド電極を用いることでそれらの効率的合成を達成したのである。

具体的には、安価な原料であるイソオイゲノールをメトキシラジカルで酸化することで、抗炎症活性を持つ「リカリンA」の一段階合成に成功した(画像2)。その合成効率は、白金電極の場合と比べて2倍になる。なおリカリンAとは、コショウ科やウマノスズクサ科などのさまざまな植物に見られるネオリグナン型天然有機化合物のこと。神経保護作用や抗トリパノソーマ活性など有用な生物活性が知られている。

さらに、寿命の限られた活性種であるメトキシラジカルとの反応を効率的に起こし、生成物の収量を上げることを目的として、電極界面での物質拡散を抑制できる「ダイヤモンド電極を用いたマイクロフローシステム」を世界で初めて構築し、実際にほぼ100%の高収率を達成するとともに、高収量を実現できることが明らかになった(画像3)。

画像2。イソオイゲノールの電解酸化反応。導電性ダイヤモンドを電極として、イソオイゲノールをメタノール溶媒中通電することでリカリンAをほかの電極と比べて高効率で合成できる

画像3。導電性ダイヤモンドを使ったマイクロフローリアクターの図。微少な空間で反応を行うことでメトキシラジカルを効率的に活用することができる

このように、試薬を使わず、電気のみで有用物質の合成が可能であることは、新しい環境調和型の物質創製の方法であることを示すとともに、ダイヤモンド電極の応用の新しい方向性であると考えられる。

ダイヤモンド電極に関する研究は、これまで水溶液における優れた電気化学特性を利用したものが主なもので、有機溶媒を用いた研究例は多くなかった。今回の成果により、有機溶媒中での電解で有用な活性種の効率的な生成が確認されたことから、これを利用した新しい反応開発への展開が期待されるという。

また、電解による有機合成法は、重金属、酸化剤などの試薬を使用しない、電気のみで基質を酸化、還元できる環境調和型の合成法だ。ダイヤモンド電極を用いることでその応用の幅が広がり、例えばアルツハイマー症治療薬や生活習慣病改善につながる新しい薬剤の開発への展開などが期待されるとも研究グループは述べている。