韓国科学技術院(KAIST)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京工業大学(東工大)、科学技術振興機構(JST)の4者は4月10日、米シカゴ大学も加えた国際共同研究により、X線を用いて、水中のタンパク質分子のねじれ運動を100億分の1秒の時間精度で動画観測することに成功したと発表した。

成果は、KAISTのHyotcherl Ihee(イ・ヒョッチョル)教授、KEK物質構造科学研究所の足立伸一教授、東工大大学院理工学研究科の腰原伸也教授らの国際共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、米化学学会誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン速報版で近日中に掲載の予定だ。

なお、今回の成果はJSTさきがけ研究領域「光エネルギーと物質変換」の研究課題名「時間分解X線構造解析法による光エネルギー変換機構の分子動画観測」(研究者:足立教授)、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)研究領域「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」の研究課題名「光技術が先導する臨界的非平衡物質科学」(研究者:腰原教授)によって得られたものである。

タンパク質は、アミノ酸が1本の鎖となって折り畳まれた構造を取り、その折り畳まれた構造が、酵素活性などの生体内の生命活動にとって重要な機能に深く関わっている。特に、折り畳まれたタンパク質が、ある特定の動き(構造変化)をすることで、栄養素を分解したり、筋肉を動かしたりといったさまざまな機能を果たしている形だ。

しかし実際のタンパク質が、高速に動きながら機能している姿を動画的に、しかも水中で室温といった生体内の環境と極めて近い状態で観測することは困難であった。

今回の研究の対象となったタンパク質は、二枚貝が持つヘモグロビンで、ヒトのものと同じで血液中で酸素運搬の機能を担っている。ただし、ヒトのものとは異なる部分もあり、2つのユニットが弱く結合した形をしている(画像1)。2つのユニットにはそれぞれ、「鉄-ポルフィリン錯体(ヘム)」が収まっており、その鉄に酸素や一酸化炭素などのガス分子が可逆的に結合し運搬される仕組みだ。

鉄-ポルフィリン錯体とは、鉄イオンと環状構造分子「ポルフィリン」からなる物質で、酸素分子が鉄イオンと結合して、酸素の貯蔵と放出をする機能を持つ。

画像1。二枚貝のヘモグロビンの模式図

二枚貝のヘモグロビンは、重なっている上下2つのユニットに結合したガス分子がタンパク質から解離すると、2つのユニットの位置関係が相対的に変化し、ガス分子が結合しやすい構造(R型)から結合しにくい構造(T型)へと変化すると考えられてきた。そこで本研究グループは、KEKの放射光科学研究施設のビームライン「NW14A」を用いて、「時間分解X線溶液散乱法」を用いた動画撮影に挑戦したのである。

時間分解X線溶液散乱法とは、溶液試料に短い時間幅のレーザー光を照射すると、短時間で溶液中のタンパク質分子が光のエネルギーを吸収して、過渡的な状態に変化するので、その瞬間のX線溶液散乱データを短パルスX線により収集する測定手法のことだ。

この実験では、ヘモグロビンを含む溶液にレーザー光とX線をほぼ同じタイミングで繰り返し照射してX線散乱データを測定することにより、最終的にタンパク質の構造変化の情報を取り出すことができるという仕組みである。

今回の研究では、常温で試料にレーザー光を照射し、ヘモグロビン分子内のヘムと一酸化炭素の結合を切断して、瞬間的に一酸化炭素がタンパク質から解離した状態を作り出した。

そして、この過渡的な状態から始まるタンパク質の構造変化を、前述したように時間分解X線溶液散乱法を用いて、レーザー光とX線の時間を系統的にずらしながら逐次観測したのである(画像2)。

画像2。水中のヘモグロビン分子が過渡的に構造変化することによるX線溶液散乱曲線の時間変化

すると、ヘモグロビン分子が100億分の1秒(100ピコ秒)から100分の1秒(10ミリ秒)程度の時間内に徐々に構造変化し、2つのユニット間の距離が1.3Åだけ短くなると共に、2つのユニットが相対的に3.4度回転している様子が明らかとなった。

いわば溶液の中のヘモグロビン分子が、あたかも「濡れタオルを絞るような」ねじれ運動で形を変化させ、鉄に結合したガス分子を絞り出していく様子が、100億分の1秒精度のX線動画として直接観測されたのである(画像3)。

画像3。ヘモグロビン分子の構造変化の模式図

今回の研究で用いた時間分解X線構造解析法により、タンパク質の静止した構造だけでなく、その機能に深く関連して時々刻々と構造が変化する様子を、二枚貝のヘモグロビンを一例として直接的に動画化できることが証明された。

この技術は、ほかの多くの機能性タンパク質分子にも原理的に適用可能なものであり、機能解析のための分子動画作成技術の可能性が膨らみつつある。「タンパク質構造全体が協同的に変化して、その機能を発揮する」という生体物質の本質に対して、そのベールを解き放つカギとしての新技術がまさに完成しつつあるというわけだ。

研究グループは、この技術がさらに発展すれば新薬を設計する上で重要な指針・情報を与えることが期待されるともコメントしている。