京都大学は4月10日、液体窒素を使用せずに長期保存可能な精子保存法を開発し、冷蔵庫で長期保存、常温で国際輸送したフリーズドライ(真空凍結乾燥)精子から産子の作出に成功したと発表した。成果は、京大医学研究科附属動物実験施設の金子武人特定講師らの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は米国現地時間4月9日付けで米科学雑誌「PLoS ONE」に、成果の一部が科学雑誌「Cryobiology」オンライン版に掲載された。
フリーズドライは、インスタントコーヒーや宇宙食などの食品あるいは医薬品の長期保存に汎用されている技術だ。このフリーズドライ技術を精子保存に応用した場合、従来の凍結保存法と比較して、以下の利点が挙げられる。
- 液体窒素タンクや定期的な液体窒素の購入・補充が不要(4℃保存)
- 特殊な保存液が不要(トリス-EDTA緩衝液で保存可能)
- 設備・維持費のコストダウンが可能
- 保有サンプルの管理、バックアップが容易
- 液体窒素・ドライアイス不要の常温国際輸送が可能
といった5点だ。
このため、多くの動物種で研究が行われており、これまでにマウス、ラット、ウサギ、ハムスター、ウシ、ブタ、サルにおいて研究が進められている。研究グループは、保存サンプルの安全管理・コスト面から長期保存可能なフリーズドライ精子保存法の開発に関する研究を行ってきた。その結果、ラットでは5年間(画像1)、マウスでは3年間(画像2)冷蔵庫で保存したフリーズドライ精子から産子の作出に成功した次第だ。
これまでの精子保存には液体窒素を用いることが常識だった。しかし、東日本大震災において見られた事例として、液体窒素や超低温冷凍庫(-80℃)で保存されていた貴重な研究用サンプルが、長期停電や液体窒素の供給が途絶えたために、そのすべてを失うというダメージの大きなトラブルが生じてしまったのである。
そうしたトラブルを防ぐため、遺伝資源保存のためのフリーズドライ法の開発は極めて有効だ。フリーズドライによる精子保存は、省電力の冷蔵庫で長期保存が可能であり、さらに3カ月程度であれば常温でも保存することができる。よって、設備投資やランニングコストの大幅な軽減、普通郵便でのサンプル輸送といった大きなメリットが生じる。また、フリーズドライ精子の容器は密閉されているため、将来的には設備・スペースが極度に制限される宇宙空間でも保存が可能だ。
今回の研究では、成熟した雄の精巣上体尾部から採取した精子を「トリス-EDTA緩衝液」に懸濁(液体中に固体の微粒子が分散していること)し、フリーズドライを行った。
フリーズドライ精子は、ラットで5年間、マウスで3年間冷蔵庫で保存したものである。精子は滅菌した純水のみで復水し、顕微授精により卵子と受精させた。これらの卵子は産子にまで発生し、得られた産子は成熟後正常な繁殖能力を備えていることも確認されている(画像1・2)。
画像1。5年間保存したフリーズドライ精子から得られたラット(左)と、フリーズドライ精子のアンプル(右) |
画像2。3年間保存したフリーズドライ精子から得られたマウス(左)と、フリーズドライ精子のアンプル(右) |
また、研究グループではマウスのフリーズドライ精子が常温で3ヶ月保存できることを明らかにしていたことから、日本-アメリカ間を常温で6日かけてフリーズドライ精子の国際輸送も行った。その結果、輸送前と後で産子が得られる割合に変化は見られなかったのである。
哺乳類の配偶子保存は、液体窒素を用いることが当たり前のように行われてきた。しかしながら、ランニングコストやメンテナンスに多額の費用を要してしまう。さらに、災害や事故から起こる長期停電により液体窒素の生産・供給が途絶えることは、前述したように致命的だ。
今回のフリーズドライ精子の長期保存の成功は、液体窒素不要、省電力の安全・簡易・低コストな遺伝資源保存・輸送法の実用の可能性を大いに向上させたといえる。これを機に、ラット・マウス以外の動物種においても産子作出、長期保存の成功が報告され、新たな遺伝資源保存法として応用されることを期待していると、研究グループはコメントしている。