東京大学は4月5日、「担子菌類」(一般的にはキノコと称される菌類の大部分が含まれる)としては世界初となるヌクレオソームマップをゼンマイ寄生菌類「Mixia osmundae(M.osmudnae)」を用いて作成し、子嚢菌類(一部のキノコやカビ、酵母など)と担子菌類における「ヌクレオソーム」形成様式の異同について比較した結果、ヒストンに巻きついているDNA長には種特異性があり、系統進化上近縁であっても相違が見られることを示したと発表した。また、ヌクレオソーム間のリンカーDNA領域における塩基配列の偏りを示し、ヌクレオソーム形成領域における塩基配列の偏りと対照性があることを明らかにしたことも併せて発表された。

成果は、東大大学院農学生命科学研究科アグリバイオインフォマティクス教育研究ユニットの西田洋巳特任准教授、東大大学院新領域創成科学研究科の鈴木穣准教授、東京農業大学の吉川博文教授、同松本貴嗣研究員、理化学研究所のTodd D. Taylorチームリーダー、同近藤伸二上級研究員、テクノスルガ・ラボ学術顧問の杉山純多氏らの共同研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、「Open Biology」に掲載された。

真核生物のゲノムDNAは、細胞の核内において「ヒストン8量体」に結合して存在している。ヒストン8量体にゲノムDNAは1.65回弱巻きついており、その構造をヌクレオソームと呼ぶ。

ゲノムワイドなヌクレオソームマップ解析から細胞間におけるヌクレオソームの形成位置の保存性と多様性が明らかになり、多くの遺伝子の転写開始点付近では位置取りが高度に一致していることがわかっている。この結果は、ヌクレオソーム位置取りが転写調節に深くかかわっていることを強く示唆しているというわけだ。

転写開始点付近におけるヌクレオソームの位置取りは、異なる生物種においても共通性があるのかという疑問に応えるため、研究グループが取り組んでいるのが、系統進化上広い範囲の菌類を対象とした、ヌクレオソーム位置取りの比較研究である。今回の研究も、その一環だ。

菌類は、「下等菌類」(ツボカビ類および接合菌類)と「高等菌類」に分類される。さらに、高等菌類は有性胞子が内生である子嚢菌類と、外生である担子菌類に分けられる形だ。有性胞子の形成が確認できない高等菌類(いわゆる「不完全菌類」)も系統進化上は子嚢菌類か担子菌類に分けられる。

今回の実験で対象となったM.osmudnaeは、その発見記載より80年余りの間、子嚢菌類に分類されてきた。しかし1995年になって、これまでに類似報告のないユニークな担子菌類であることが、西田特任准教授の手によって明らかにされたのである。ただし、その詳細な系統学的位置は不明のままだ。

そこで、今回、M.osmudnaeのゲノム塩基配列、RNAマッピング、網羅的転写開始点の決定、およびヌクレオソームマッピングを並行しての解析が行われたのである。

その結果、ドラフトゲノム塩基配列として283コンティグ(約13.4Mbp)を決定し、6726のタンパク質コード領域を予測した。これらの予測タンパク質の類似配列検索の結果、M.osmudnaeがプクシニア菌亜門に属することが判明したのである。

ヌクレオソームの位置については1つのヌクレオソーム(単一ヌクレオソーム)由来のDNA断片より約3000万、連続する2つのヌクレオソーム(単二ヌクレオソーム)由来のDNA断片より約2700万の位置を決定。

それらの長さの分布は単一ヌクレオソームが132と150塩基の2つのピークを持ち、単二ヌクレオソームが300塩基のピークを持つことが確認された。この長さの分布は、糸状子嚢菌類「Aspergillus fumigatus(A.fumigatus)」に近い結果であり、子嚢菌酵母「Saccharomyces cerevisiae」とは大きく異なることが判明したのである。

なお、A.fumigatusは単一ヌクレオソームが135と150塩基のピーク、単二ヌクレオソームが285塩基のピークを持っており、M.osmundaeの単二ヌクレオソーム長よりも15塩基短いことがわかり、ヌクレオソームリンカーDNAの長さがM.osmundaeはA.fumigatusよりも若干長いことを示すこともわかった。

転写開始点上流から下流におけるヌクレオソーム形成位置のプロファイルでは、転写開始点に最も近いヌクレオソームの位置の保存度は極めて高く、転写開始点より離れれば離れるほど保存度が低くなる傾向が顕著に示された形だ。この特徴は、ゲノムワイドなヌクレオソームマップが作成されたほかの生物と共通だった。

単一ヌクレオソームDNA断片の中心位置と単二ヌクレオソームDNA断片の中心位置のプロファイルを比較したところ、両者の振幅の様子が類似し、山と谷が一致していることが判明したというわけだ(画像1)。

要するに、タンパク質と結合していないDNAを優先的に切断する性質を持つエンドヌクレアーゼ「MNase」によるクロマチンの分解はほぼランダムに生じており、単二ヌクレオソームとして切られやすい位置が特定されているわけではないことが示されたのである。例外として、転写開始点から+1と-1の位置のヌクレオソーム由来のDNA断片は顕著に少なく、このDNA領域がMNaseにいち早く分解されたことを示している(画像1)。

画像1。DNA断片マップ中点の位置プロファイル

また、単一ヌクレオソームDNAの中心位置はヒストン8量体に結合している領域であり、単二ヌクレオソームDNAの中心位置はヌクレオソームリンカーDNAに位置していることから、それらのDNA配列の特徴を明らかにした。

リンカーDNA領域ではCC、CG、GC、GGの2塩基頻度が高く、AT、TAの頻度が低く、AT、TAの頻度が高いヌクレオソームDNA領域とは対照的であることが示されたのである(画像2)。この特徴はヒトのヌクレオソーム研究で報告された結果とよく一致しており、真核細胞生物の進化において維持され、継承されてきたことを示す。

画像2。ヌクレオソームおよびリンカー領域の2塩基配列の頻度分布

最近になって、遺伝子プロモータ領域におけるヌクレオソームの位置が、ATP依存的に配置されていることが明らかにされたが、研究グループは、その後のヌクレオソーム形成においては、ゲノム塩基配列の特徴に従い配置されていると考えられるとしている。