農業生物資源研究所(生物研)は2月22日、中国科学院およびイスラエル国・ハイファ大学と共同で、「クチクラ層(キューティクル)」の構造が崩れていることから葉の水分を保持できないオオムギの突然変異体を解析し、その原因がABCG31遺伝子の機能消失によるものであることを発見したと発表した。成果は、生物研農業生物先端ゲノム研究センター作物ゲノム研究ユニットの小松田隆夫上級研究員らの国際共同研究グループによるもので、論文は米国アカデミー紀要に2011年7月26日に公表済み。

世界では干ばつ被害がしばしば発生し、砂漠化の進行も問題になっている。こうした乾燥した環境では、農作物は水分の欠乏に陥り、時には収量皆無となるなど、大きな被害を受けてしまう。そのため、農作物に乾燥耐性を付与することは品種改良の目標の1つとなっている。

陸上植物は体の表面にクチクラ層という構造を発達させており(画像1)、体からの水分損失を防ぐ仕組みを持つ。ところが、切り取った葉がわずか数十分でカラカラに乾燥するオオムギの突然変異体「eibi1.b」が発見された(画像2)。この変異体はクチクラ層に欠陥があり、そのため水分が急速に失われるものと考えられている。

画像1。植物のクチクラ層の構造。植物の体の表面はクチクラ層で覆われている。クチクラ層は、細胞壁のすぐ外側にあるクチンとワックスから構成される層と、さらに外側のワックスだけの層(クチクラ外ワックス)の2層構造になっている

画像2。オオムギeibi1.b突然変異体の乾燥に対する感受性。Aは切り取り後1時間経った葉の状態、Bは切り取り後の葉の重量減少割合(水分損失割合を反映)を経時的に示している。eibi1.b突然変異体では野生型より早く水分が失われることがわかる

そこで今回、研究グループは、作物の葉における水分保持の仕組みを詳しく解析することを目指して、eibi1.b突然変異体の原因遺伝子の解明に取り組んだというわけだ。

染色体上の目印となるDNAマーカーと目的の形質との関係を解析し、原因遺伝子の染色体上の位置を絞り込んでいく手法として「マップベース・クローニング法」がある。対象形質を持つ個体が常に特定のDNAマーカーを持つ場合、この形質の原因遺伝子はこのDNAマーカーの近くにあることから、この原理を利用して、原因遺伝子を絞り込んでいくのだが、今回のeibi1.b突然変異体における原因遺伝子の特定にも、マップベース・クローニング法が用いられた。

イネやシロイヌナズナの遺伝子情報と照合したところ、この遺伝子は細胞内での物質輸送に関係する「ABCG31タンパク質」を作り出す「ABCG31」遺伝子であり、eibi1.b突然変異体ではこの遺伝子の機能が消失していることが判明したのである。

次に、生物研が所有する突然変異イネ系統群約5万系統の中から、ABCG31遺伝子が壊れたイネを2系統が探し出された。このイネでは、オオムギの変異体と同様に、葉の水分を保持できなくなり乾燥耐性が著しく低下しているという特徴を持つ。

さらに、オオムギおよびイネの変異体の葉におけるクチクラ層を詳細に観察したところ、変異体ではクチクラ層の構成成分「クチン」の量が減り、それに伴い、クチクラ層の厚みが減っていることが確認された(画像3)。これらの結果を踏まえ、ABCG31遺伝子が、クチクラ層の形成と水分の保持に重要な役割を果たしているとの結論が得られたというわけである。

画像3。オオムギeibi1.b突然変異体の葉および茎断面の電子顕微鏡写真。eibi1.b突然変異体では、葉や茎のクチクラ層(2本の赤線の間の層)の厚みが野生型より薄くなっている

ABCG31遺伝子に対応する遺伝子は、単子葉植物のイネのほか、双子葉植物であるシロイヌナズナ、シダ、コケでも発見された。これら陸上植物のABCG31遺伝子の塩基配列は、オオムギ遺伝子のものとよく似ていることも確認されている。しかし、海藻である緑藻のABCG31遺伝子の塩基配列は陸上植物のものとは似ていないことがわかった。

このことは、水中植物(藻類など)のABCG31遺伝子が進化し葉の表面にクチクラ層を作ることができるようになった結果として、乾燥耐性を獲得し陸上に進出した可能性を示すものと、研究グループではコメントしている。