東京大学は、ジャガイモやトマトなど重要作物に大きな被害を与える数多くの植物ウイルスに対する抵抗性遺伝子「JAX1」を発見したと発表した。研究は東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻の難波成任教授や同・山次康幸助教らの研究グループによるもので、成果は「The Plant Cell」(オンライン版)に2月4日に掲載された。

植物は病原体による感染から逃れるため、さまざまな抵抗性遺伝子を自身のゲノムに用意しているが、その多くは野生植物が持っている。ヒトが口にする作物は改良されているため、味や品質が良かったり、収量が高かったり、見た目が良かったりするが、その代わりに病気に弱いという欠点があるわけだ。

ヒトは農耕を始めて以来、病気に強い作物品種を創り出すために、野生植物の持つ抵抗性遺伝子を交配によって導入してきた。現在、ヒトが日常生活で口にする農作物の中にはウイルスや菌類やバクテリアなどの病原体に対する抵抗性遺伝子を導入した抵抗性品種もいくつかはある。しかし、それらの抵抗性遺伝子はいずれも特定の病原体の特定の系統に対するものだ。

「レクチン」は植物に多く含まれる細胞表面の糖鎖を認識して結合する性質を持ったタンパク質の一群で、19世紀後半に初めて植物から発見された。その後、動物の免疫系を活性化したり、がん細胞を特異的に識別し増殖抑制することが明らかにされている。エイズウイルスやヘルペスウイルスなどヒトに感染するウイルスの増殖を阻害することも確認されているほどだ。

しかし、そもそもレクチンは植物で発見され、マメ科植物を中心に植物細胞で多量に蓄積するタンパク質であるにも関わらず、植物における働きはこれまでわかっていなかったのである。

今回、研究グループは膨大なシロイヌナズナ野生系統の中から、ユリなどに大きな被害を与え問題となっているポテックスウイルスの一種「plantago asiatica mosaic virus(PlAMV)」(画像1)に強力な抵抗性を示す系統を発見し、その抵抗性遺伝子をシロイヌナズナの1番染色体上に特定することに成功。「JAX1(JACALIN-TYPE LECTIN REQUIRED FOR POTEXVIRUS RESISTANCE1)」と名付けられた。

画像1。PlAMVによるユリの病徴

JAX1はジャックフルーツの主要成分である「ジャカリン」と似たレクチンの一種である。この遺伝子を持たない非抵抗性の植物にJAX1を発現させたところ、ウイルスがまったく感染できなくなった(画像2)。「植物プロトプラスト」を用いて調べたところ、JAX1がウイルス複製の時点で阻害し抵抗性を示すことが発見されたのである(画像3)。このことから、JAX1はウイルス感染の初期段階で増殖を抑制する結果、強力な抵抗性を示すことが判明した。

なお植物プロトプラストとは、セルラーゼなどによって細胞壁を溶解することにより生じる膜構造だけを持つ植物細胞のこと。細胞壁が除去されることにより、エレクトロポレーション法やPEG法などを用いて遺伝子導入が容易に行えるようになる。細胞壁の溶解により、細胞がバラバラになるため、均一な単細胞が調整され、この性質を利用して単細胞レベルにおける植物細胞の反応の研究に用いられる形だ。

画像2。JAX1発現植物におけるウイルス抵抗性。(A)JAX1遺伝子を発現しているシロイヌナズナ(右)とJAX1遺伝子を持たないシロイヌナズナ(左)。(B)JAX1遺伝子を発現しているタバコ(右)とJAX1遺伝子を持たないタバコ(左)

画像3。JAX1発現プロトプラストにおけるウイルス抵抗性。(A)植物細胞から細胞壁を溶解して調整したプロトプラストに、光るウイルスを感染させ、ウイルスが1細胞で複製するかどうかを調べた。(B)JAX1遺伝子を発現しないプロトプラスト(左)ではウイルスが複製できるが、JAX1遺伝子を発現するプロトプラスト(右)ではウイルスが複製できない。スケールバーは0.1ミリメートル

植物の防御応答機構は(1)特定の病原体に対してのみ抵抗性を発揮する「真正抵抗性(垂直抵抗性)」と、(2)幅広い病原体に対して抵抗性を示す「圃場(ほじょう)抵抗性」に大別されるが、JAX1による抵抗性は真正抵抗性ではなかった。

なお、真正抵抗性は、病原体が出す物質(「エリシター」もしくは「エフェクター」)を植物の抵抗性遺伝子(R遺伝子)が認識することにより発揮される仕組みだ。活性酸素の発生・防御物質の発現・抗菌物質(「ファイトアレキシン」など)の生成による病原体の不活化のほか、過敏感細胞死などによる病原体の封じ込めなどがある。

一方の圃場抵抗性は、特定の抵抗性遺伝子が対応するのではなく、抵抗性に関係する種々の遺伝子が関与して総合的に植物に抵抗性を与える仕組みだ。特定の病原体に限らず近縁のほかの病原体に対しても抵抗性を示すが、一般的に真正抵抗性よりは弱い。

植物ウイルスに対する圃場抵抗性はこれまで明らかにされていないが、真核生物において幅広く保存されるウイルス抵抗性反応である「RNAサイレンシング」がその役割を果たすと考えられている。

RNAサイレンシングとは、真核生物がウイルスやトランスポゾンなどに対して示す防御反応のことであり、「RNA干渉」とも呼ばれる。「二本鎖RNA(dsRNA)」などの異常なRNAを認識し、その遺伝情報を小分子の「siRNA」として蓄積して記憶し、同じ配列をもつRNAを分解するメカニズムを持つ。真核生物はこの仕組みを自身の遺伝子発現制御にも応用しており、ゲノムの「non-coding領域」から「miRNA」と呼ばれる小分子RNAを合成する。これに対してウイルスは、タンパク質「RNAサイレンシングサプレッサー」を発現し、サイレンシングを抑制する仕組みだ。

しかし、JAX1による抵抗性はそのRNAサイレンシングとも異なることから、これまでにない新たな抵抗性であると考えられたため、研究グループではこれを「レクチン抵抗性」と名付けた次第である。

JAX1は、PlAMV以外にも、農業上重要なウイルス40種以上で構成される「ポテックスウイルスグループ」の仲間で、ジャガイモやトマトなどに感染する「ジャガイモXウイルス(PVX)」や、ソラマメなどマメ類のほかキュウリやトマトに感染する「シロクローバモザイクウイルス」、アスパラガスに感染する「アスパラガスウイルス3」など複数のウイルス感染を阻害した。このことは、1つのJAX1遺伝子で複数の農作物の重要ウイルスに対して感染・増殖を抑える強力な抵抗性を示すことを意味しているというわけだ。

植物は動物と異なり、完全な免疫システムを持たず、自由に移動もできないことから、病原体に対する独自の防御システムを高度に進化させてきたと考えられる。今回発見されたレクチン抵抗性を示す「レクチン遺伝子」は、非常に多くの種類からなるレクチンファミリーを構成しているという特徴を持つ。このことは、ポテックスウイルスグループ以外にもさまざまな重要植物ウイルスグループに対して広域抵抗性を示す「レクチン遺伝子」の存在を示唆するものだ。

また、1種類のレクチンだけで異なる複数の植物ウイルスの複製を阻害する「レクチン抵抗性」の発見は、植物病原菌類や細菌などを含めた病原微生物に対する植物の防御応答機構の全容解明につながる重要な一歩といえると、研究グループでは述べている。

レクチンは細胞表面の糖鎖のほか、細胞壁成分の多糖を認識する性質を持つことから、動物では病原微生物やがん細胞表面の糖鎖を認識して免疫系を活性化させる自己・非自己を識別する防御タンパク質だ。今回の発見により、動物のみならず植物においてもレクチンがウイルス防御タンパク質として働くことが初めて明らかにされた(画像4)。この知見は、免疫システムの進化を解明する上でも重要な手がかりになると期待される、とも研究グループはコメントしている。

画像4。動物と植物におけるレクチンの機能。動物レクチンはがん細胞増殖抑制・免疫活性化・ウイルス増殖阻害の機能を持つ。植物レクチンの一部も動物ウイルスの増殖を阻害することが確認されていた。今回の研究では、商物レクチンが「植物ウイルスの増殖を阻害する」という植物における機能を初めて明らかにした

JAX1は本来植物由来のタンパク質だが、これまでその機能はわかっていなかった。今回発見した「レクチン遺伝子」は、これまでにない新たな植物ウイルス抵抗性メカニズム「レクチン抵抗性」を持っている。従って、防除・予防薬剤のないウイルス病に対する抵抗性作物開発への利用により、ウイルス病被害が大幅に軽減されることが期待されるという。さらに植物レクチンはヒトに感染するウイルスにも効果があることから、ヒト・動物ウイルス特効薬開発への応用も期待されると、研究グループでは述べている。