15秒から60秒という短い時間の間に企業イメージやブランド広告、商品の機能をアピールする「テレビコマーシャル」(以下、CM)の世界。私たちがテレビをつければすぐ見られるものだけに、より生活に密着した広告手段のひとつと言えるだろう。このCMディレクターという仕事は、クリエイティブな職種の中でも人気が高い。そこで東北新社で90年代からCMディレクターとして活躍する中野達仁氏に、CM制作の面白さや難しさ、そして同じ業界を目指そうとする若い世代へのアドバイスを聞いた。
ストイックなCM制作の現場
東北新社は60年代からCM制作を手掛ける映像関連企業としては老舗の会社。その東北新社に中野氏が入社したのは1987年のこと。「とにかく音楽が好きで、音楽に関わる仕事がしたい」と思っていたそうで、いろいろ模索した上で"CM"という分野に行き着いたそうだ。
「元々演奏するサイドになれるほどの才能もなかったんですが、やはりどんな形でも音楽の絡む仕事がしたかったんですよね。"音楽が絡んでイチから修行できるものは何なのか"と思ったときに『映像』がパッと浮かんで。若干ミーハーな気持ちでこの業界に入ってみたものの、当たり前ですが、いきなりCMなんか撮れないわけです。まずは、いろんな制作現場を回って技術を習得して、ようやくCMディレクターについてアシスタントとして動けるようになるんです。今もその体制は変わっておらず、新入社員は赤坂や新橋、白金といったオフィスを回って現場の作業をじっくりと見て習得するんです。そのため、実際に僕のところに新人が入ってくるのは入社後1年程経ってから。徒弟制度もあるので、ある意味"職人"の世界に近いですね。だからストイックな部分もすごく多いですよ」
最初はなんとなくこの世界に入ったと語る中野氏。自分自身でも「なぜCMが面白いんだろう」と考えたこともあったそうだ。そんなとき、他業種の友人から言われた一言が、中野氏の疑問を払拭するきっかけになったという。
「『CMは見たくなくても目に入ってしまうし目に留めるもの。それがきっかけで全国区で何かが動くってすごくダイナミックだよね』と言われたとき、確かにそうだと思ったんです。メディアとして考えると、ある意味で乱暴かもしれないけど、それが流行ったり言葉が残っていったり、上澄みを取ると"文化"と言えるものが得られるんだな、って改めて思ったんです。そこがやっぱりCMの面白さだし、自分が長くやり続けている理由だと思います」
時代にあった"普遍的なメッセージ"が求められている
中野氏がCMディレクターとして手掛けた作品は、ベネッセコーポレーションの『たまごクラブ』、『ひよこクラブ』のシリーズやダイハツ工業の『タント』シリーズなど、いわゆるロングランCMが多い。その過程を中野氏は「子育てみたいなものですよね」と説明してくれた。
「CMは商品の名刺を作るようなものだと思うんです。いちばん考えるのは、その商品の"らしさ"ですね。僕らの言葉で『シズル』と言うんですが、CM作りは『いちばんシズるやつ』が正解だと思っているので、それをずっと考えています。たまたまいくつかのロングランCMに携わっていますが、これは商品自体の核がしっかりあったからこそ。でもときどき、出会った瞬間に相性の良さが分かる商品やブランドがあって、そうすると商品力との相乗効果で長く続くCMになっていた……ってこともありますね」
と謙遜する中野氏だが、その視点はいつも温かくヒューマニズムに溢れている。それが中野氏の個性となり、企業が指名する理由のひとつにもなっているのではないだろうか。
そこで中野氏に最近注目しているCMを聞いてみた。すると、「普遍的なものを今の時代にフィットさせたCMはやっぱり面白い」との回答。昔からある企業スピリッツを今の時代にあえて出す。そして、その手法を現代にあったタッチにすることで、企業そのものの先進性と堅牢性という相反するふたつの面をうまく伝えているCMに着目しているそうだ。
「秒数で言えばたった15秒でも、時代にピタリと合ったときに『力をもらった』とか『元気が出た』と印象を残せるCMってありますよね。そもそもブランド広告は、買ってもらうために作るのではなく好かれるために作っているんです。だからブランド広告はブランドの顔作りでもあるんですね。特に2011年は東日本大震災という企業活動にも影響を与える大きなことがありました。その影響かどうかは分かりませんが、CMで訴えかけるメッセージがこれまでの傾向だった"癒し"から"アドレナリンが出るもの"に変わってきたように感じます」
もうひとつ、中野氏がこだわりを見せたのが「言葉のチョイス」だ。これは先に挙げたメッセージの出し方にも通じるが、「生きている言葉」にこだわった台詞やコピーを生み出すために現場で話し合いが持たれることも多いとのこと。
「普遍的なメッセージを今届くやり方で伝えることが大切なんだと思います。伝えたいことがあるなら意味が通じないとダメですし、その言い方のモードを調整するダイアルも必要。CMの世界ではこれが両輪になって、言葉がチョイスされていくんでしょうね」
情報を入手して「何になるか」を明確にする
中野氏は、東北新社が運営するクリエイター養成スクール「映像テクノアカデミア」にて「映像・広告クリエイター科」で講師を務めるという顔も持つ。そこで「これからCMディレクターを目指そうとする人に」というテーマでアドバイスをもらった。中野氏曰く「僕の若いころより細分化されて複雑になっているけど」と前置きした上で「自分のやりたいことをクリアにしておくこと」と教えてくれた。
「たとえば"ディレクター"という職業ひとつとってもCMやWeb、PVなどがありますから、何を撮りたいか、目指すのかを考えることは重要ですよね。面白そうと興味を持ってもらえるのは大歓迎ですが、そこからもう少し踏み込んで、興味を持った分野を自分に近づける作業をすると良いんじゃないかなと思います。CMに限って言えば、"プレゼンの方法"も制作に欠かせない重要な要素になります。絵が描ければいいというものではないけど、自分のイメージを第三者に伝えるには絵コンテは重要になるので、描けないより描けた方が良いんです。また、CM制作は徹夜も多いですし、正直厳しい世界です。だから結局はどの職業にも通じる"好きこそものの上手なれ"に帰結するのではないでしょうか。加えて、CM制作のスタッフは熱意をもった人の集団なので、これから来てくれる人にもそういう熱意を持っていて欲しいし、どんどんアピールして欲しいですね」
一見派手な世界にも見えるCMの世界だが、実際には長い修業時代を経て、ようやく一本立ちできるという職人の世界。それでも街にCMソングが溢れたり、たった15秒に心を動かされたりと、感情に訴えかける何かがあって、作り手として人の心が動いたときに「やって良かった」と思う瞬間があるという。
「映像テクノアカデミア」では中野氏をはじめとした第一線のクリエイターに、その一端を紹介してもらえるスクール。一般参加可能なセミナーも多数行われているので、一度参加してみてはいかがだろうか。