宇宙航空研究開発機構(JAXA)は1月16日、都内で「古川宇宙飛行士 国際宇宙ステーション(ISS) 長期滞在ミッション報告会 及び よくわかる「きぼう」での実験成果シンポジウム ~健康・医療に向けて~」を開催し、古川宇宙飛行士のISSでの体験談やISSの日本実験棟「きぼう」で行われてきた実験の成果についての解説などが行われた。

同報告会は2部構成で、前半部はJAXAの古川聡宇宙飛行士とともに地球に帰還したNASA(米国航空宇宙局)所属のマイケル・フォッサム第28/29次長期滞在船長、同長期滞在フライトエンジニアでFSA(ロシア連邦宇宙局)所属のセルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士の3人がISSで撮影した映像を見つつ、どのようなことをISS内で行ったのかなどの説明を行った。

ミッション報告を行う古川聡宇宙飛行士(左)、マイケル・フォッサム宇宙飛行士(中央)、セルゲイ・ヴォルコフ宇宙飛行士(右)

後半は「きぼう」でどのような実験が行われ、その成果がどのようなものであるのかを前述の3人に加え、実際に実験を提案した松本俊夫 徳島大学 教授、二川健 徳島大学 教授、朴三用 横浜市立大学 准教授の3人も参加する形で解説が行われた。今回の3つの成果は古川宇宙飛行士が医師出身ということもあってか、医療や健康といったテーマのものが取り上げられた。

松本教授が提案した実験は骨密度や骨の量がどう減少していくか、それをどう防ぐかという実験。破骨細胞の活動を阻害し、骨の吸収を防ぐ医薬品であるビスフォスフォネート剤の中でも経口薬である「アレンドロネート」を70mg(国際的に認可されている量。日本はこの半分だという)ほどISSに長期滞在している宇宙飛行士たちに飲んでもらい、その経過を観察した。若田光一宇宙飛行士がISSに長期滞在したISS第18次(ISS-18)から開始し、現在まで7名が参加し、そのうち5名まで解析が完了したという(比較対象としては服用していない14名の宇宙飛行士が協力している)。

宇宙ではカルシウムが骨から出てしまい、その結果、結石などのリスクも高まることとなる

この結果、機械運動だけでは全体的に減少傾向となったが、服用していた場合は平均すると飛行前とほぼ同じ骨量で、部位によっては飛行前よりも多くなっていることが確認されたという。「骨は喪失されてから復活するのに、喪失の3~4倍の時間がかかる。そうした意味では予防的に骨の減少を防ぐ努力をしたほうが良い。現在ISSでは新しい運動用機械が導入されており、今後はこの新しい機械による運動との比較を踏まえて成果を検討するが、少なくとも服用した場合は骨の喪失は抑えられていることが確認されており、骨の喪失度合いが宇宙に比べて少ない地球上で服用すれば、より効果が得られるはず」(松本教授)とした。

ビスフォスフォネート剤を服用した場合(赤)と服用しなかった場合(青)の骨密度や尿中カルシウムの変化

同じく徳島大の二川教授は骨ではなく筋肉がどうやって衰えていくかの仕組みの実験を提案。日本は2025年には200万人が寝たきりになると言われており、そうした寝たきりからの復帰を目指すためにも筋力の仕組みを理解する必要がある。

ISSでの実験を通して判明したことは、無重力下では筋たんぱく質がユビキチン化されるということである。ユビキチン化は3つの酵素、ユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチン転移酵素(ユビキチンリガーゼ)(E3)がたんぱく質を分解するという情報タグをリレーすることで生じるが、今回の実験ではユビキチン化酵素Cbl-bが無重力環境下で増加することが確認されたという。

「寝たきりの筋肉の萎縮を直したいというのが目標の1つで、ユビキチン化の阻害剤を見つければ、それが達成できるのではないかと考えていたが、今回の実験結果から、抗ユビキチン化ペプチドCblin(Cbl-binhibitor)により阻害できることを発見。現在はさらに低分子な阻害剤の開発を進めている」(二川教授)とした。

ユビキチン化酵素をCblinで阻害することで、筋萎縮の治療が可能となり、将来的には寝たきりの人を減らすことができるようになるかもしれないという

そして3つ目の横浜市大の朴准教授の実験はインフルエンザの新薬に向けたタンパク質の実験。インフルエンザウイルスは、8本のRNAを遺伝子としてもっており、ウイルス粒子の表面には2種類のスパイク状のたんぱく質が存在している。単純な構造のため、自己増殖する能力はないが、生物の細胞に侵入し、そのシステムを利用して増殖する。

インフルエンザウイルスは、人の細胞の中で、自らの遺伝子の複製とたんぱく質の合成を行い、最終的にウイルスとして外へ飛び出す。こうした増殖行為を行うために自前のタンパク質を10個持っており、その中の1つにRNAポリメラーゼと呼ばれる酵素がある。これは、ウイルスの遺伝子の複製を行う重要なタンパク質で、PA、PB1、PB2の3つのサブユニットからできており、それぞれが密接につながることで増殖を果たすが、どれかが欠けるだけで酵素としての働きが失われ、増殖できなくなる。

インフルエンザウイルスの種類(中央)。いずれもRNAポリメラーゼにより増殖が成されているため、それを阻害すれば増殖を防ぐことが可能となる

これだけだと宇宙と何のかかわりが、ということになるが、今回の実験では、このPAとPB1がどのようにつながっているかを調べるためにISSで結晶化実験を行った。地上でも結晶化ができるが、重力の影響などにより偏りがあったりと結晶の品質が悪く、宇宙で作成した結晶の方が良いものとなる。この結晶をSPring-8のビームラインBL41XUの高輝度X線を使って、詳細な立体構造解析を行った結果、PAタンパク質のポケットの部分にPB1タンパク質が差し込まれている形状をしていることを確認。PB1との結合に重要なアミノ酸も突き止めたという。

宇宙で作った結晶と地上で作った結晶の比較(左)。宇宙で作られた方は黒い点が満遍なく結晶中に分散しているが、地上で作られた方は一定の箇所に固まっている様子が見て取れる

「すでに、PAとPB1の結合を阻害する物質がいくつか見つかっている。RNAポリメラーゼは、中心的な役割を果たすたんぱく質と考えられるため、変異が起こりにくく、RNAポリメラーゼをターゲットにした薬は、どのようなインフルエンザウイルスにも有効に作用する可能性が高い。現在、そうした万能薬の実現に向け、800万個と言われる基本となるデータを1つ1つスーパーコンピュータで解析を行っている段階で、いきなりできるものでもないが必ず実現できると思っている」(朴准教授)とした。

なお、最後は会場の来場者からの質問を3人の宇宙飛行士が答えたが、宇宙飛行士を目指している人がかなり見受けられ、そうした人たちに3人の宇宙飛行士から「宇宙にはあらゆる職業や専門的な知識が求められる。残念ながら宇宙飛行士に確実になれるという万能薬はない。一番大切なのは、自分で何をしたいか。これまでの宇宙飛行士たちも、色々な道のりを経てここまできた。楽な道のりではなかったが、決してギブアップしないという情熱が重要」とのメッセージが送られた。