物質・材料研究機構(NIMS)は、有毒物質のヒ素を飲料水から簡単・安価に検出して除去できる材料を開発したと発表した。研究は、NIMS元素戦略材料センター資源循環設計グループのシェリフ・エル・サフティ主幹研究員によるもの。

ヒ素は古くから知られる人体毒性の強い物質だが、現在、ヒ素が世界中の水に大きな影響を及ぼしているという。例を挙げれば、バンクラディッシュではその国土全域で飲料水へのヒ素汚染が大きな問題になっており、史上最悪の環境汚染とも呼ばれている。同様の汚染はインド、ネパール、ベトナム、中国などヒマラヤ水系で膨大な人口を抱える国家をはじめ、東南アジアだけでも6000万人がその汚染地域に住んでいるという。

そのほか、メキシコ、アルゼンチン、チリ、米国など世界中の国々でも潜在的な可能性が指摘されており、さらに中東やアフリカなどのこれから大量の水をより必要とする国々にとっても、ヒ素汚染のない安全な水の確保は切実な問題となってきている(画像1)。

画像1。国別の水道水の安全性のマップ。開発途上国が非常に憂慮される状況なのが見て取れる(出所:WHOの資料より作成されたもの)

水は、食糧、化石燃料資源、金属資源とならんで持続可能な社会形成に不可欠な四大要素であることはいうまでもなく、世界的な人口爆発の中でその重要性は以前にも増して大きくなってきていることから、水の安全性を確保する有害物質の検出技術、さらには、これらを除去し水を使えるようにしていく技術が不可欠になっているのが現状だ。

ヒ素の検出と除去が難しいのは、「三価(As3+)」と「五価(As5+)」の2種類のイオンの形で存在する特性があるからだ。三価のヒ素の毒性が強いのだが、この三価のヒ素は水中に溶存酸素があると、一部が五価に酸化されてしまう。五価は三価に比べれば毒性は弱いが、容器や管の壁面などに吸着しやすいという特徴を有する。そのため、三価イオンのヒ素を検出・除去できたとしても、壁面などに残存していた五価のヒ素が再び三価に戻って有毒性を発揮する可能性があり、完全な検出や除去を難しくしているというわけだ。

検出のためには、還元剤を用いて五価を三価に還元し、「臭化水銀」と反応させる方法や「水素化ヒ素(AsH2)」として気化して分析する方法などが用いられているが、どれも煩雑で、簡便だといわれる検出キットでさえも専門家の手が必要となっている。ゆえに、何百万、何千万の人が日々水の安全をチェックできるような検出技術からは程遠いという状況だ。目視でヒ素の存在を確認する技術も開発されているが、その場合も五価になって潜んでいるヒ素の検出が難しく、除去するにはさらに困難が伴う。

ヒ素の除去には、(1)鉄塩やアルミニウム塩およびそれらを含有する鉱物による凝集・共沈法、(2)イオン交換樹脂やキレート樹脂などを用いる吸着法、(3)逆浸透膜による分離法の3つが用いられている。

よく市販されているヒ素除去剤が(1)の凝集・共沈法に基づくもので、相対的に低コストだが、すべてのヒ素を吸着除去できるわけではなく、特に有毒性の強い三価の凝集やリンを含む場合などで除去力が低減するなどの問題がある。さらに、ヒ素を除去して発生した凝集物をいかに処理するかという大きな課題もあり、不十分に処理すると、逆にヒ素の新たな高濃度汚染源となる危険性もあるという状況だ。

(2)の吸着法は水中でヒ素イオンを識別して吸着する特殊な「官能基」(ある目的のイオンと反応するなど特殊な化学反応を起こすために組み合わさった原子のユニット)に取り込んで除去する方式で、ほかの方法より確実にヒ素の検出・除去が可能だ。ただし、官能基それ自体やそれをつけた樹脂のコストが高く、日常の飲料水の処理にはなかなか使えないという問題がある。

そして、(3)の逆浸透法は浸透圧の違いを利用する方法で、海水の淡水化などと合わせて用いられるが、やはり費用の面が課題だ。

今回の技術を開発したサフティ主幹研究員は、以前に産業技術総合研究所東北地区に在籍しており、数十ナノメートルの微細孔を持った比表面積の大きい物質である「メゾポーラスシリカ」を研究してきた。具体的には、数十ナノメートルの空隙に金属イオンと選択的に反応し色を変える官能基を固着させる技術を開発しており、色によって検出可能となった重金属はビスマス、銅、クロム、カドミウム、水銀、アンチモン、鉛など多数に及ぶが、ヒ素はなかなか捕まえることができていなかったという次第である。

そこで移籍したNIMSでは、それまでシリカだけを構成物質としていたメゾポーラスシリカに代えてアルミナ、ジルコニア、チタニアなどの金属酸化物を複合化したナノ構造体で高秩序メゾポーラス構造(HOM)を作り上げる技術を開発。これにより、それまでシリカと反応して使えなかったり、シリカとの結合が弱く劣化してしまうような官能基も使えるようになった。さらに溶液のpHを変化させるだけで、異なる種類の重金属を1つのセンサで検出できるマルチセンサも可能になったのである。

さらに、この技術を物質の検出だけでなく、有用な金属の抽出・回収にも利用できるように改良。現在までにコバルト、パラジウム、金の選択的な抽出・回収に成功している。また、放射性元素であるヨウ素、ストロンチウム、セシウムを選択的に吸着する材料も開発された。これらの技術を応用して、これまで困難だった水中に溶け込んだヒ素を、微量であっても迅速に検出、可視化し、さらに除去する技術を開発するに至ったというわけだ(画像2)。

画像2。これまでに開発されたセンサ、抽出・除去物質を周期表上に記載した一覧

具体的には、ヒ素に対する吸着官能基を固着する支持材は、メゾポーラス・アルミナ(Al2O3)で、その支持材の内表面に適切な官能基をびっしりと敷き詰め、そこでヒ素を検出、吸着する仕組みである。さらに、その際に色が変化するため、目視でヒ素を検出できるセンサとしての機能も持つ。

水そのままから効率的に除去できるキャプター(捕獲体)としての性能だが、第一の特徴は、pHの調整なく、そのままの水環境で使用できて、高い除去率を発揮できる点だ。初期のヒ素濃度2~5ppmの18mL水溶液に所定量のHOMを入れて処理すると、約90%を超える高い除去率を示す。

もう1つの特徴は、さまざまなイオンがあってもヒ素を優先的に捕獲できる点だ。テストで使用した水溶液の原水は普通の日本の水道水で、これ以外に霞ヶ浦の水を原水としているものもあるが、ほとんど変わらない結果を得たとしている。

さらに、副生物がほとんど生じない点も今回の技術の特徴だ。一般の吸着剤の場合は、他の物質も吸着して廃棄物の量が膨大になるが、この技術では高い選択性と効率のため小さな容積で水中のヒ素を処理することができるのである。

色の変化で目視する形でのヒ素センサとなることは前述したが、それはHOMに若干の発色補助剤を併せて用いる形だ。水溶液のヒ素濃度が0.5~2000ppbの範囲で発色が段階的に変化するという感度の高さが特徴である。バングラディッシュなどで問題になっている飲料水は数ppm(数千ppb)の値だが、日本などの飲み水の規制値は0.01ppm(10ppb)で、そのどちらにも対応でき、飲料水としてのヒ素の安全性を検証するのに適切なセンサ性能というわけだ。さらに、ほかの元素が含まれていても、それによって検出能が落ちるとか、ほかの元素で発色してしまうなどの問題がないことも確認されている。

また生産性の高さも特徴で、HOMの基となるメゾポーラス・アルミナは、実用的なコストで工業的に大量生産が可能だ。現在の実験室規模の装置でも、一月で約200kgを生産を達成済みである。

今回の技術についてNIMSでは、以下の3つの領域での応用を考えているとしている。その1つが、含ヒ素物質を使う工場などでのヒ素排出防止。これは基本的に工場排水の系統にこのヒ素センサ・除去材を入れたカラムを取り付けることで実現可能となる。ただし、使用する工場での処理水量や濃度にあった処理条件を探していくことが必要で、高濃度への対応や収量のさらなる向上も課題としている。

2つ目の用途は、上水プラントでのヒ素の処理だ。これはアジアなどでの都市や集落に対する上水設備が対象となる。この場合、濃度は工場排水より低いことから、今回の技術はより適しているという。課題になるのは量の問題であり、大量の水を処理できるような大量のヒ素センサを実験室規模と同様に安価で生産できること、繰り返しの使用で耐久性、劣化に関する特性も実機レベルで検証していく必要があるとしている。

そして、3つ目がサフティ主幹研究員が一番期待している応用領域で、水を必要としている人たちがその場でヒ素をチェックし除去して飲料水を確保するという応用だ。今回の技術を使えば、ポケットタイプヒ素センサも可能となるという。また、家庭においてヒ素除去が可能な浄化装置や、簡易的にヒ素を吸着させて処理する器具なども考えられるだろうとしている。

そのため、NIMSでは今後、さまざまな分野と協力し、さらに現場に合ったより高性能なヒ素センサ・除去材を開発し、世界の人々がヒ素の驚異なく水を飲めるようになるように役立ちたいと考えているとしている。