物質・材料研究機構(NIMS)は12月15日、再生医療で重要な役割を果たす幹細胞の分化・誘導を制御できるマトリックス材料の開発に成功したと発表した。NIMS国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の生体組織再生材料ユニットによる研究で、成果は学術誌「Biomaterials」のオンライン電子版に近日公開予定。

再生医療を実現させる際の細胞供給源として、極めて重要な役割を果たすのが幹細胞だ。幹細胞を特定の組織細胞に分化させ、望み通りの組織や臓器を再生したり、病気や欠損を治療したりする試みが現在盛んに行われている。その際、幹細胞の分化をいかにして制御するかは再生医療の重要な課題だ。

また、再生医療以外でも、健常な人体の中にある幹細胞の分化の制御が乱れることで疾患が引き起こされることがある。例えば、高齢者で問題となっている骨粗しょう症もその1つだ。加齢にともない、骨の形成速度よりも骨の吸収速度が上回るために、骨に小さな空洞が多発する病気である。

これは、間葉系幹細胞が骨細胞へ分化するよりも脂肪細胞へ分化しやすくなると起こりやすいことが報告済みだ。つまり、体内で分化の制御機構が乱れ、幹細胞が本来の細胞以外へ分化してしまうことが原因と考えられている。

このように再生医療の進展や、既知の病気の治療において幹細胞の分化を制御することは重要であるが、ここで大きな役割を果たしているのが細胞を取り囲む「細胞外マトリックス」である。

細胞外マトリックスは足場となって細胞を支えたり、細胞にさまざまな信号を与えたりする役割があると考えられるが、近年注目されているのは、幹細胞の分化を制御して組織や臓器の形成と維持に大きく関与しているという点。そのため、幹細胞の分化制御における細胞外マトリックスの役割を理解することは、再生医療のための幹細胞機能制御技術の確立や、例で述べた骨粗しょう症などの疾患メカニズムの解明にとって不可欠なのである。

細胞外マトリックスを構成するのは、コラーゲン、糖タンパク質(フィブロネクチン、ラミニンなど)、プロテオグリカン(ビグリカンなど)、そしてグリコサミノグリカン(ヒアルロン酸など)など、多種類の分子だ。

しかし組織ごと、細胞ごとにその分子組成は異なっている。また同じ細胞を囲む細胞外マトリックスでも異なる分化段階ではその組成が異なることが確認済みだ。つまり細胞外マトリックスは幹細胞の分化の段階によりダイナミックに変化し、幹細胞の機能を制御しているというわけである。逆のいい方をすれば、細胞がその機能を正しく発現するためには、それに適した細胞外マトリックスが必要だということだ。

これまで、細胞を培養する際に生体内の微小環境を模倣するため、細胞外マトリックスに含まれるタンパク質を1種類、または数種類を培地に組み合わせたものが利用されてきた。しかし、これでは生体内の細胞外マトリックスの構造や組成を模倣できていないため、細胞外マトリックスを人工的に作成することは困難だったというわけだ。

このことは、幹細胞の分化を細胞外マトリックスがどのように制御しているかの解明にも大きな障害となり、その役割が明らかにはされていなかったのである。

今回の研究では、組織が形成される過程で複雑に変化する細胞外マトリックスを、世界に先駆けて人工的に作成する方法が開発された。具体的には、骨や脂肪の基となる間葉系幹細胞が骨芽細胞に分化する初期、後期の各段階に対応する細胞外マトリックスを人工的に模倣した材料を開発したのである。

さらに、開発した材料を用いて、間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化の影響も調べられた。同様に、脂肪細胞へ分化する初期、後期段階の細胞外マトリックスを人工的に模倣した材料も作製し、脂肪細胞への分化に対する影響も調べられたというわけである。

人工的に模倣した細胞外マトリックスの作成方法は、まず通常の細胞培養基材で間葉系幹細胞を培養。この時、骨分化誘導培地を用いて骨芽細胞へ分化誘導したが、培養時間を調整することで間葉系幹細胞の骨分化の段階的な制御が行われた。培養の過程で間葉系幹細胞は細胞外マトリックスのタンパク質を基材表面に沈着させていくため、この方法で分化の各段階に応じた細胞外マトリックスが基材表面に得ることができるというわけだ。次に、脱細胞処理という方法で培養していた幹細胞を除去し、沈着した細胞外マトリックスのタンパク質のみを基材表面に残すことで、骨分化の際に作られる細胞外マトリックスを模倣した材料を作製することに成功したのである(画像1)。

画像1。脱細胞化技術による生体を模倣した細胞培養基盤の開発の4工程

このうち間葉系幹細胞を培養して未分化の細胞が沈着させた細胞外マトリックスを「幹細胞マトリックス」とした。また骨分化が初期段階にある細胞が沈着させた細胞外マトリックスのタンパク質を「骨分化初期マトリックス」とし、骨分化が後期段階まで進んだ細胞が沈着させたタンパク質を「骨分化後期マトリックス」として、2段階の「骨分化模倣型マトリックス」を得ることに成功している。

また、骨分化マトリックスと同様の手法を用いて、「脂肪分化初期細胞マトリックス」と「脂肪分化後期細胞マトリックス」という2段階の「脂肪分化模倣型マトリックス」も作製することに成功した。

画像2。幹細胞が分化する際の細胞外マトリックスを模倣した「組織分化模倣型マトリックス」の作成

続いて、「生体発生模倣型マトリックス」である「骨分化模倣型マトリックス」および「脂肪分化模倣型マトリックス」が、間葉系幹細胞の骨分化と脂肪分化に対しどのように影響を及ぼすかが調べられた。

生体発生模倣型マトリックス上で間葉系幹細胞の骨分化を誘導したところ、骨分化初期マトリックス上でのみ、骨分化マーカー遺伝子の発現が高く、アルカリ性条件下でリン酸エステル化合物を加水分解する酵素の「アルカリホスファターゼ(ALP)」の活性も強く染色されたことから、間葉系幹細胞の骨芽細胞への分化が骨分化初期マトリックス上で促進されたことが示されたのである。

一方、生体発生模倣型マトリックス上で間葉系幹細胞の脂肪分化を誘導したところ、脂肪分化初期マトリックス上でのみ、脂肪分化マーカー遺伝子の発現が高く、また「グリセロール-3-リン酸脱水素酵素」(GPDH)活性も顕著に亢進していたことから、脂肪分化が脂肪分化初期マトリックス上で促進されたことが示された。

さらに、生体発生模倣型マトリックス上における分化機構を解析するために、骨/脂肪分化に関与する転写因子の発現を評価したところ、マトリックスの種類によって転写因子の発現量が異なり、骨分化では、骨分化初期マトリックス上で脂肪分化が抑制されていたことが判明。

逆に、脂肪分化では、脂肪分化初期マトリックス上で骨分化が抑制され、さらに脂肪分化を抑制する「TAZ」の発現が抑制されていた。これらの結果は、間葉系幹細胞の分化には組織および分化段階に特異的なマトリックスが必要であることを示唆している。

このような「生体発生模倣型マトリックス」は骨/脂肪分化バランスの制御に役立つとともに、幹細胞の分化における細胞外マトリックスの役割の解明に役立つことが期待される。

なお、研究グループでは、幹細胞培養と脱細胞化技術を用いた今回の研究により、さまざまな組織への分化を模倣したマトリックスの作製が可能であると考えられる結論が得られたとしており、幹細胞の分化段階に応じて変化する細胞外マトリックスを模倣した今回の「生体発生模倣型マトリックス」は、幹細胞の分化において細胞外マトリックスが果たす役割の研究や、骨粗しょう症のような疾患メカニズム解明のためのよいモデルを提供し、今後、幹細胞の分化を制御できる再生医療用材料開発のための新しい知見を与えるものと期待されているとしている。