広島大学は、東京大学、高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所(理研)らと共同で、電界を印加された圧電体結晶が、力を加えられたバネのように伸縮を繰り返しながら一定のサイズに収束する様子を、原子レベルでの結晶格子サイズの時間変化から観測することに成功した。これは、100万分の1秒での原子レベルでの構造計測により明らかになった、結晶の圧電振動の瞬間の原子の振る舞いで、同成果は、広島大学の森吉千佳子准教授、黒岩芳弘教授、東京大学の野口祐二准教授、宮山勝教授、JASRIの大沢仁志研究員、杉本邦久研究員、理研の高田昌樹主任研究員らのグループにより、応用物理学会の欧文誌「Japanese Journal of Applied Physics (JJAP)」に掲載された。

圧電性を持つ結晶に電界を印加すると、結晶の外形が変形し、強誘電性をあわせ持つ圧電体結晶の場合では、変形する仕組みが2種類に大別される。

1つは強誘電分域の変化による外在的な変形で、ピエゾメータを用いたマクロ測定により観測可能。もう1つは結晶を構成する原子の変位による本質的な格子変形で、X線などを用いた回折実験が測定に効果的であると考えられてきたが、この原子の変位量は、物質固有の本質的な圧電効果を測るうえで重要ながら、電界を印加した状態で精密構造解析をすることが困難であったため、これまでほとんど明らかにされてこなかった。

ようやく最近になり、放射光などを用いた回折実験を用いて静的な電界を印加したときの格子定数の変化などが調べられるようになり、電圧がオンになった瞬間から、ミクロなレベルで結晶中の原子がどのように変位するのか、結晶格子がどのように変形するのか、その時間変化する仕組みを知ることが課題となっていた。

電界誘起の格子の変形は小さく、その変化率は0.1pm/V程度と考えられており、このような微小変化を明らかにするためには、高輝度で平行なビームである放射光を用いて、電界を印加したときの回折スポットの位置の変化を精密に測定することが必要となってくるが、圧電体結晶の圧電固有振動数は、物質の種類はもちろん、試料の形や大きさによって変化するため、今回の研究では、正方晶チタン酸バリウムBaTiO3単結晶に注目し、これを一辺が数mmで厚み0.1mm程度の板状に加工すると、固有振動数をMHzオーダーにして実験を行った。

具体的には、SPring-8において開発した小型高速X線チョッパーを利用してマイクロ秒オーダーで放射光を切り出し、電界印加と放射光照射のそれぞれのタイミングを高度に同期させることで、電界印加に対して特定のタイミングのみ放射光が照射されるようなシステムを開発。この時間分解システムとBL02B1に備えられている大型湾曲IPカメラとを組み合わせて、動的放射光X線回折像収集システムを構築したという。

BL02B1に導入された動的放射光X線回折像収集システム。正方晶チタン酸バリウム(BaTiO3)単結晶のc軸方向に電界を印加する。外部電界の波形に同期するよう、X線チョッパーを用いて放射光を切り出す。X線チョッパーと電圧パターン発生器の間にはタイミング調整器が備わっており、電界の向きがマイナスからプラスに変わった瞬間から任意のΔt秒後にだけ、放射光のパルスが結晶に照射される。このようにして回折スポットの瞬間写真がイメージングプレートに記録される

実際に実験を行ったところ、外部電界は、BaTiO3単結晶のc軸方向に印加された。電界の波形は周波数600Hzで交番する矩形波とし、放射光のエネルギーは、試料の内部まで放射光が十分透過するように、35keV(波長~0.35Å)を用いた。

放射光のパルスは、電界の向きがマイナスからプラスに変わった瞬間からΔt秒後にだけ結晶に照射され、その瞬間の回折スポット約600個をIPカメラで撮影し、ある時刻Δtでの格子定数aとcを決定する。Δtを変えながら同様にaとcを決定し、格子定数aとcとの比c/aのΔtに対する変化を調べたところ、c/aはΔt=0のとき1.01100となったほか、Δt~60μs付近で最大値1.01137をとった。

BaTiO3単結晶のc軸に印加された電界Eに対する格子定数の比c/aの時間変化。電界がマイナスEのIの状態からプラスEの状態に変化した瞬間、IIでは分極反転が起こり、結晶がc軸方向に一度少し縮む。IIIで反転が完了すると、結晶はc軸方向に大きく伸びることができるようになる。そのまま大きく伸びた状態でいることはできず、その後、IIIからVIの領域では、c/aは減衰しながら振動し、もとのc/a比にもどっていく。この様子はバネの減衰振動とよく似ている

このような微小変化を調べることができたのは、単結晶回折によって多くの回折スポットの位置を精度良く観測できたからと研究グループでは説明している。

c/aは減衰しながら振動しており、今回の結果により電界印加によって引き伸ばされた結晶格子が、あたかもバネが減衰振動するように変化していく様子が世界で初めて観測されたこととなったほか、結晶が大きく伸びる直前の分極反転が起こっている最中に、結晶格子が一度縮むという現象も観測できた。

これまで、このような時分割構造計測は、薄膜やセラミックス試料を用いたものが主流で、試料中の基板や粒界の影響を含む現象を観測していたが、今回、単結晶試料を用いたマイクロ秒レベルでの時分割回折実験の手法を確立したことにより、基板などの影響を受けない圧電体本来の性質を測定できるようになる。

また、一方、現在、SPring-8を利用した時間分解測定技術はすでにピコ秒オーダーにまで達していることから、研究グループでは今後、このような時間スケールで結晶の中を動きだす瞬間の原子の挙動がわかるようになると、高速応答する新しい材料創成などにも活用できると考えられると説明するほか、対象は圧電体材料に限らないため、蓄電デバイスなど、様々な電子デバイスが実際に動作しているその瞬間の結晶構造を原子レベルで透視して観測することで、物質機能と結晶構造を一対一に対応させた材料開発への貢献が期待できると説明している。