理化学研究所(理研)は10月25日、植物ホルモン「オーキシン」の生合成の主経路を解明したことを発表した。研究は理研植物科学研究センター生長制御研究グループの笠原博幸上級研究員らを中心とする国際共同研究グループによるもので、成果は日本時間10月25日に「米科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」のオンライン版に掲載された。

植物ホルモンとは植物の成長を制御する化学物質の総称で、中でもオーキシンは植物の成長や形態形成などで中心的な役割を果たす。同じく植物ホルモンの「サイトカニン」と共に、植物細胞分裂や細胞分化を制御したり、光や重力による商物の屈曲に関与することで知られている。

そのオーキシンの1つである「インドール-3-酢酸」(IAA)は、植物内で活発に細胞間を「極性輸送」(方向性のある物質輸送)され、オーキシン受容体タンパク質に働きかけることで、オーキシン早期応答遺伝子の転写活性を促進してオーキシン応答を引き起こす。

こうしたIAAの作用機構は明らかにされてきたものの、植物がIAAをどのように合成しているのかという根本的な問題は60年以上にわたって研究が続けられてきたが、解明できていなかったのである。

長らく解明できなかった要因の1つが、IAAが複数の経路から合成されているため、その欠損変異体を単離するのが難しいと考えられていたこと。また、植物にごく微量に存在するIAA生合成中間物質は化学的に不安定なため、分析することが難しかったことも要因である。ともかく、植物の基本的な成長制御の仕組みを理解する上で、オーキシン生合成経路の解明は重要であり、長年にわたる生物学の中心的課題であった。

シロイヌナズナにはアミノ酸である「トリプトファン」から始まる4つのIAA生合成経路が存在する可能性があるとされる。研究グループは2009年に、この内の1つの経路が植物に共通したIAA生合成経路ではなく、アブラナ科固有のに2次代謝経路から分岐する特殊な経路であることを示した(画像1)。

画像1。植物のIAA生合成経路。左図:今までシロイヌナズナのインドール-3-酢酸(IAA)生合成経路において、TAA1とYUCCA(YUC)は別々の経路に含まれると予想されていた。右図:今回の研究において、この2つの酵素が同じIAA生合成経路に存在することが示された。点線内はシロイヌナズナに存在するアブラナ科固有の2次代謝経路から分岐したIAA生合成経路。斜体はシロイヌナズナで遺伝子が単離されているIAA生合成酵素。インドール-3-アセトアルデヒド(IAAld)は本研究で提案された主経路には含まれない

一方、IAA生合成酵素は、これまでにいくつも同定されており、中でも植物全般的に重要な役割を持つ「TAA1」と「YUCCA」は、別々のIAA生合成経路に存在すると考えられていた(画像1・左)。

しかし、これらの酵素をコードする遺伝子を欠損した変異体が類似した表現型を示すことから、研究グループはこの2つの酵素が同じIAA生合成経路に存在するのではないかと予想した。

YUCCAは、IAA生合成の量を制御するカギとなる酵素であり、その遺伝子を過剰発現したシロイヌナズナはIAA過剰生産の表現型を示す。そこで研究グループは、TAA1がYUCCAと同じ経路に存在するならば、2つの遺伝子を同時に発現(共発現)させることにより、YUCCA単独の場合よりも過剰にIAAを生産するのではないかと推測。2つの遺伝子の共発現体を作成すると、予想通りTAA1がYUCCAによるIAA生合成を顕著に増加させることが判明した(画像2)。これにより、TAA1とYUCCAが同一経路に存在する可能性が示唆されたのである。

画像2。2種類のIAA生合成酵素(TAA1とYUCCA)の遺伝子を同時に発現させたシロイヌナズナ。TAA1oxYUC6ox:じ経路に存在するTAA1遺伝子とYUCCA遺伝子を共発現させたシロイヌナズナ。側根が顕著に成長している。TAA1ox、YUC6ox:TAA1遺伝子とYUCCA遺伝子をそれぞれ単独で過剰発現させたシロイヌナズナ。pER8:これらの遺伝子を過剰発現していない植物体

次にTAA1遺伝子やYUCCA遺伝子の過剰発現体や欠損変異体のIAA生合成中間体を、質量分析計の一種である「液体クロマトグラフィ・エレクトロスプレーイオン化・タンデム型質量分析装置」(LC-ESI-MS/MS)を使って分析すると、TAA1は報告されたとおりトリプトファンから「インドール-3-ピルビン酸」を合成する酵素だが、YUCCAは「N-ヒドロキシトリプタミン」の合成ではなく、インドール-3-ピルビン酸からIAAを合成する酵素である可能性が示唆された。

そこで大腸菌で調製したYUCCAタンパク質を使って酵素活性試験を行うと、インドール-3-ピルビン酸からIAAを精製することが確認されたのである。これにより、IAAはトリプトファンからTAA1とYUCCAの2つの酵素の働きにより同一経路上で合成されていることが確認された次第だ(画像1・右)。

LC-ESI-MS/MSによるオーキシン生合成中間体の分析とTAA1遺伝子およびYUCCA遺伝子発現の解析により、植物がいつ、どこで、どの程度のIAAを合成しているのか、IAAによる形態形成や環境応答機構の解明が今後は進んでいくと考えられているとする。

また人工的に合成されたオーキシンは、除草剤や着果・果実成長促進剤、発根促進剤として農業分野で極めて重要であることから、インドール-3-ピルビン酸経路が新たな農薬開発のターゲットになるということも予想されるという。

さらに、TAA1遺伝子やYUCCA遺伝子を制御することにより、植物でのIAA内生量をコントロールして、人工的に合成されたオーキシンを使用することなく、農作物、綿花などの衣料原料、樹木バイオマスなどを増産する新たな研究の未知が拓かれると期待できるとしている。