京都大学(京大)化学研究所の千葉大地 助教、小野輝男 同教授、小林研介 同准教授、島村一利 同大学院生らとNECの研究グループは、金属磁石の磁力を室温で電気的にスイッチすることに成功したことを発表した。同成果は10月2日(英国時間)、英国科学誌「Nature Materials」(オンライン版)に公開された。

磁石の性質は、一般的に温度や機械的な歪みによって変化することが知られているほか、外部からの磁界や電流により磁化の方向を変えたり、スイッチしたりすることが可能なことから、そうした性質を活用してHDDや磁気メモリなどが開発されてきた。こうした磁性体のキャリア濃度を電気的に制御してその性質を制御する研究は、これまで主に磁性半導体などを用いて行われてきたが、近年、こうしたデバイスの省エネ化、高速化の実現を目指し、磁界や電流を用いずに電圧により磁化の方向をスイッチする手法に注目が集まりつつある。

特に、絶縁膜を介して磁性体に電圧を加える手法は、半導体の電界効果型素子などに広く用いられているゲーティングと同様の手法であり、高速動作が期待でき、かつ半導体デバイスと融合した使い方ができる次世代の記録手法として、各地で研究が進められており、強磁性半導体や強磁性金属でも磁化の方向がゲーティングにより制御できることが報告されている。しかし、磁性体において基本的な物理現象の1つである、強磁性相転移を電圧で誘起することは、磁性半導体において低温で実現されているにすぎなかった。

今回の研究では、代表的な強磁性遷移金属であるコバルト(Co)の薄膜に絶縁膜を介してゲート電圧を加えて、Co表面の電子濃度を変化させることで強磁性状態と常磁性状態の相転移を室温でスイッチできることが明らかにされた。強磁性金属の磁性を電気的にスイッチすることは世界で初めての成果だという。

具体的には、PtとTaの下地層を介してGaAs基板上に成膜したCo薄膜(図1中の強磁性金属)、絶縁膜、ゲート電極からなる素子の上下に±10Vのゲート電圧を加えて、Coの磁化状態を観測した。

図1 (a)ゲート電圧で磁力をスイッチするための素子の模式図。(b)磁化の温度依存性。TCは強磁性転移温度を示す。ゲート電圧を印加することで、TCが変化する

素子作製の前に、磁化測定を行ったところ、膜は垂直方向に磁化しやすいことが確認されたが、ゲート電圧を加えた時の磁化の外部磁界依存性として310Kにおける±10Vのゲート電圧加えた時の磁化曲線(外部磁界は垂直方向に加える)を見ると、両者とも角型の履歴特性(ヒステリシスループ)を示しているが、保磁力(反転磁界)がゲート電圧によって大きく変化していることが判明した。

また321Kにおける磁化曲線では、+10Vでは角型のヒステリシスだが、-10Vでは直線的な振る舞いに変化していることが見て取れた。その後、解析を行った結果、この変化は強磁性相転移によって引き起こされていることが明らかとなった。

図2 (a)310Kでのゲート電圧印加下での磁化曲線。保磁力がゲート電圧により大きく変化している。磁化状態は異常ホール効果を用いて観測されている。(b)321Kでの磁化曲線。正負のゲート電圧により、角型のヒステリシスから直線的なカーブへと大きな変化が観測されている。用いた試料のPt下地層の膜厚は1.1nm、Co層の膜厚は0.4nm

さらに2つの(Pt膜厚が異なる)試料の強磁性転移温度のゲート電圧依存性を調べたところ、各試料において、データ点より下の温度では磁石の状態だが、データ点より上の温度では磁石の性質を失っていることが示された。その境界を決める温度(データ点)が強磁性転移温度となるが、ゲート電界により明確に制御できていることが示され、これにより室温付近で磁石の性質(つまりは磁力)を電気的にスイッチできることが示された。

図3 強磁性転移温度のゲート電圧依存性

この成果を活用すれば、外部から磁界や電流を加えたり温度を変えたりすることなく磁石の性質を室温で電気的に制御できるようになるという。そのため研究グループでは、将来的には消費電力の小さな磁気記録メディアへの応用や、コイルを用いない電圧駆動式の磁界発生器などへの応用が期待されるほか、材料科学の観点からは、磁化の大きさや強磁性転移温度と原子1個当たりの電子数の関係に鋭く迫ることができるようになるとの考えを示している。