京都大学は9月2日、放射線の修復たんぱく質「NBS1」による「RAD18ユビキチン酵素」を介した損傷乗り越えDNA合成の開始について発表を行った。同大学放射線生物研究センター教授の小松賢志氏や同研究員の柳原啓見氏らによる発見で、成果は科学誌「Molecular Cell」電子版に掲載された。
電離放射線感受性や高発がん性を特徴とするヒトの遺伝病「ナイミーヘン症候群」。原因遺伝子はNBS1だが、このNBS1は放射線照射による最も重篤なDNA損傷であるDNA二重らせんの切断に対して再結合を行うこと、再結合の間は細胞増殖を停止させる機能を有することも判明している。また、コンパクトに折りたたまれたDNAを再結合に先立って解きほぐすのにも、このNBS1だ。
そして、日光(紫外線)過敏症および日光暴露部位からの皮膚がんを呈するヒト遺伝病の「色素性乾皮症バリアント」。その原因遺伝子は、損傷乗り越え型のDNA複数酵素「Pol eta」(ポリメレース・イータ)である。通常のDNA複製酵素からのこのPol etaへの変換にはRAD18ユビキチン酵素が必須だ。
こうした発見が積み重ねられてきているわけだが、RAD18が紫外線による損傷をどのようにして認識するのかについては、DNA結合たんぱく質「RPA」が重要であるとする報告もあったが、矛盾点もあり、未解決のままだったのである。
研究グループでは、ナイミーヘン症候群の患者の細胞内には、放射線感受性に加えて紫外線感受性を示す者がいることを発見。解析の結果、通常のRAD18は「RAD6」と結合して活性化されるが、NBS1はそのRAD6と似たDNA構造をしていることがわかったのである。紫外線照射を受けると、NBS1がRAD6に代わってRAD18ユビチキン酵素と結合、そして紫外線損傷部位にRAD18ユビキチン酵素をリクルートする。これにより、損傷部位で通常のDNA複製酵素から損傷乗換型酵素のPol etaへの交換が起こり、損傷乗り越え合成が始まるというわけだ。
逆にNBS1が欠失すると、RAD18ユビチキン酵素およびPol etaは損傷部位に集まらず、損傷乗り越え合成が進まない。その結果として、紫外線高感受性になってしまうのだという。
放射線は生物にとって最も重篤なDNA損傷を発生する。このため、DNA機構修復機構のみならず、修復期間は細胞増殖を停止させる機構など、複数の機能の協調的な刺激が必要だ。NBS1は、DNA修復、細胞増殖停止、DNA構造の弛緩、そして今回発見された損傷乗り越え合成の制御など、実に多くの機能を持つ。そのため、これらを統一的に行わせるコーディネート(指令)たんぱく質である可能性が高いとする。
また損傷乗り越え合成は、制がん剤のシスプラチン処理からの細胞修復や、免疫多様性獲得のためのクラススイッチ機構に重要であることが知られており、このためコーディネートたんぱく質NBS1機能を阻害させる方法を開発することで、放射線治療や抗がん剤の増感や免疫機能を人工的に低下させるといった医用応用が期待されているとした。
そして残る謎が、修復たんぱく質の起源。電離放射線は1895年のレントゲンによるX線の発見からまだ110年あまりの歴史しかなく、それにも関わらず発見時に既にヒトの細胞は電離放射線から防護するDNA修復機構が存在しており、その点は未解明となっている。
生物は放射線照射を一度に多量に受けると障害が大きいが、ゆっくりと時間をかけて受けた場合は、障害が少ない。DNA二重鎖切断の修復機能が働くからだ。
電離放射線のたんぱく質として知られるNBS1が、紫外線(太陽光)によるDNA損傷にも機能をしていることを示した今回の発見は、電離放射線の修復機構の起源を探る重要な手がかりとして期待されているとした。