早稲田大学理工学術院は、分子内の電子波動関数の変化を、「100アト秒」(1アト秒=1018の1秒=100京分の1秒)という従来にない超極短時間の分解能で測定したことを発表した。

今回の研究は先進理工学部准教授の新倉弘倫氏らと、カナダ国立研究機構と共同で行われ、米国物理学会誌「Physical Review Letters」オンライン版で公開された。

電子は原子や分子の中で、ある確率に従って分布しており、その空間分布や位相は「波動関数」として表される。ご存じの方も多いかと思うが、波動関数とは大ざっぱにいって「この位置にこの電子がある確率は何パーセント」という形で表現するもので、我々の日常的なスケールの世界における物体のように、1つの場所に絶対的に存在するわけではない。よく、原子核の周りを小さな球体が周回しているようなイラストがあるが、あれはわかりやすくするために一種のデフォルメであり、より正確な表現をすれば、電子が原子核を雲状に覆っているのが近い。

その分子中の電子状態や波動関数は、光などの外部からの刺激によって変化し、化学反応を初めとするさまざまな物性の現象を引き起こす。よって、電子の空間分布(波動関数)がどのように変化するかを実時間で追跡し測定することは、有機反応や生体反応における選択性や、物質の新たな機能の解明などにつながると期待されている。

一般的に分子振動や物質の構造変化はフェムト秒(1015の1秒=1000兆分の1秒)の時間領域で起こるが、さまざまな電子の運動を測定するためには、アト秒の時間分解能が必要という。複雑なエネルギー準位を持つ分子について、内部の電子波動関数の時々刻々の変化などを調査する場合などは、特にアト秒単位の精度が必要で、新たな測定法の開発が求められていた。ちなみに1アト秒間では、1秒間に約30万km進める光ですら、わずかに約0.3μmしか進めないという、とてつもなく短い時間である。

今回の研究法では新たな実験方法を開発し、初めてアト秒の時間分解能でエタン分子の中を動く電子波動関数の変化を測定。まず、エタン分子を高強度のフェムト秒レーザーパルスでトンネルイオン化。イオン化時に、分子の価電子状態に約2.0フェムト秒の周期を持つ電子運動(電子波束運動)が生じるので、その電子波束をイオン化によって同時に分子から放出された電子(=「再衝突電子」)を用いて検出するという仕組みだ。

再衝突する際に「高次高調波」と呼ばれるコヒーレント(レーザーのように周波数のそろった状態)な極端紫外~軟X線が発生するので、適切な発生条件を実験的に選ぶことで再衝突する時間に変換できるというわけである。また、高次高調波の偏光方向は分子内の電子の空間分布を反映する。偏光方向の時間変化を測定することで、分子内でどのように電子運動が起こっているかが観測できるのだ。

実験ではさらに、分子に対してさまざまな角度から再衝突電子を当て、その結果として生成した高次高調波の偏光方向を測定。それぞれの再衝突(検出)時間において、分子内の電子がどのような空間分布を持つのかを測定した。その結果、電子が動き出してから約800アト秒後より1500アト秒までの約700アト秒の間、エタン分子内の電子波動関数の空間分布が大きく変化していることを観測できたという。

今回新たに開発された電子運動の測定法は、時間分解能の追求だけでなく、化学反応途中や生体分子における分子内の電子移動を波動関数の変化としてリアルタイムで観測するための基板技術となるとしている。

今回の実験で開発された測定方法のイメージ