物質・材料研究機構(NIMS)らの研究グループは、走査トンネル顕微鏡プローブを持つ透過電子顕微鏡(TEM)を用いて、1本のカーボンナノチューブ(CNT)に電流を流しナノチューブ接合部における局所的な温度分布を動的に観察することに成功したことを明らかにした。
同成果は、NIMSの国際ナノアーキテクトニクス研究拠点のデミトリー・ゴルバーグ主任研究者とペドロ・コスタ(現ポルトガル・アベイロ大学)およびウジャール・ガウタム(現インド・ジャワハルラール・ネルー先端科学研究所:JNCASR)らによるもので、英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版で公開された。
電気回路の接合部では、余分な接触抵抗を減らし低い抵抗に保つ必要があるが、そのためには、電極および接合部の材質を最適化することが重要となるほか、長時間の駆動に耐えられるように、電流に伴い電極材料が移動する現象を抑える工夫も必要となるが、ナノ電子デバイスでは、サイズが極小のため、そうした問題解決は難しかった。
CNTはその電子的、機械的および熱的な特性から、次世代の電子デバイスとしての応用が期待されているが、電極等の接合部における局所的な温度上昇がデバイスの性能の劣化につながることから、接合部での動的な温度解明が不可欠とされていた。
今回の研究では、走査トンネル顕微鏡プローブを有する特殊な試料ホルダーを組み込んだTEM(加速電圧:300kV)を用いて、Zn0.92Ga0.08S化合物(昇華温度:928K=655℃)を内含したCNTを連続的に加熱しながら、チューブ内の化合物の局所的な昇華過程を動的にその場観察することで、ナノチューブの温度分布を測定することに成功したという。
具体的には、まずCNT接合を形成するために、硫化物を封入したCNTの両端を、金属電極(AuもしくはW)にゆっくりと押し当て、毎分1V以下のゆっくりとした加熱速度で電圧を印加。接触が確認された後、さらに電圧を印加したところ、CNTと電極の接合付近で硫化物の昇華が観察された。
さらに電流が50μAのしきい値電流に達すると、CNTの中心部から端部に向けて硫化物が、1秒以内の短時間で移動をするほか、このとき昇華ガスが作る空洞は、コア-シェル構造を保って移動した。このような現象は、抵抗加熱によって生じる高温部(ホットスポット)が、端部から中央へ移動したことを示しているという。
図1 硫化物を満たしたCNTの両端を金電極に接合し、加熱した透過電子顕微鏡観察結果。左図から右図にいくほど、ホットスポットが端部から中央部に移動しているのが分かる。挿入図はナノチューブにおけるホットスポットの拡大写真。硫化物が昇華してできた空洞が温度を表すマーカーとして機能している。チューブが電極と均一に接合された後は両端の電極はヒートシンクとして働き、電極の温度は室温に保たれる |
加熱速度が速すぎると、CNTは熱を逃がすことができず、ホットスポットはチューブ全体に広がってしまうが、逆に、ゆっくりと加熱をすると熱が逃げ、硫化物は針のような形状を形成する。
この現象は、CNT内で微細構造を形成する手法として応用ができるほか、CNTの長手方向および半径方向の温度勾配を推定するのにも利用できるという。
具体的にはCNTの加熱により、ナノチューブの直径方向に、双曲線型の温度分布が形成されていると仮定すると、壁の内側が最高温度を示し、CNT中心部が最低温度を示すことになる。また、針状の硫化物表面の温度は、昇華温度と同じ928K(655℃)と考えられるため、CNTに沿った温度勾配を0.7K/nmと仮定すると、直径方向の温度分布を求めることができ、その結果、CNT中心部の温度が907K(634℃)と推察され、一方CNT壁内側の温度は、1052K(779℃)と推察されるとしており、この推察により、半径方向の温度勾配は、2.5K/nmであることが明らかになったという。
また、半径方向に加え、外挿法によりCNTに沿った温度分布も求めることができることから、加熱に伴う昇華現象を観察することで、CNT内側の温度および温度勾配を求めることが可能であることが示された。
なお、今回開発された手法は電子顕微鏡を用いて、CNT内における温度や熱勾配を簡単で迅速に推測することができる特徴を有しており、同手法を活用した局所的な温度分布の計測や画像化は電気回路の接合部の評価法としての応用に期待できると研究グループでは説明している。