高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、茨城県東海村の大強度陽子加速器施設「J-PARC」において、東日本大震災のため休止していた高周波加速空洞用の高性能な金属磁性体コアの製造開発試験を再開し、大型の磁性体コアの量産に成功したことを発表した。1日1枚の大型コアの製造により、高性能磁性体を用いた高勾配加速空洞の試験に必要な枚数が揃うこととなり、加速勾配を向上させることができるようになる。加速空洞の高勾配化はJ-PARCの性能向上のみならず、将来の陽子・イオン加速器の小型化・費用削減に繋がるという。

J-PARC 50GeVシンクロトロンでは、これまで3秒に1回ビームを加速し、約150kWのビームをユーザーに供給してきた。今後もさらなるビーム強度の増強が求められているが、その鍵となるのは一度に加速できる粒子の数を増やす技術と、加速周期をより短くする技術で、J-PARCではこの2つの技術で750kWのビーム加速を目指している。

加速周期を短くするには、より高い加速電圧を必要。そのためには多くの加速システムが必要だが、設置できる場所が限られており、必要な電圧を得るには加速システムの高勾配化が必要となっていた。

J-PARCでは高性能な金属磁性体を用いた空洞により、すでに世界最高クラスの加速勾配を実現しているが、今回成功した高性能大型コア量産により、この加速勾配をさらに向上させることが可能となる。

世界の陽子(イオン)加速器に用いられている高周波加速空洞の加速勾配(1mあたりの加速電圧)の比較。J-PARCでは、すでに高性能な磁性体を使うことで、フェライトを用いた諸外国の加速空洞の2倍以上の加速勾配を実現している。この性能を、今回開発に成功したさらに高性能な磁性体を用い、加速空洞の小型化を図ることで30kV/mを超える加速勾配の向上が期待できるようになるという(出所:KEK Webサイト)

加速勾配向上の鍵となるのは、磁性体のインピーダンスで、今回J-PARCで量産することができた磁性体コアは、直径80cm、厚さ2.5cm、重量60kgの大型のドーナツ形状のものであり、従来の高性能コアの約2倍のインピーダンスを持っているため、使用する磁性体コアの枚数を減らすことができ、加速勾配を高めることができるほか、限られた電力でより高い高周波電圧を出力することができる。そのため、現在使われている電源や高周波増幅器を作り直すことなく、高い加速電圧を得ることが可能になるという。

従来の高性能な金属磁性体(黒線)と今回の量産で作られた超高性能なもの(赤線)の性能比較。縦軸はμQf(比透磁率、Q値、周波数の積)でインピーダンスをコアの形状できまる形状因子で割ったもの。横軸は周波数。高性能磁性体は同じ形状のものであれば、約2倍のインピーダンスを持つことになり、半分の電力で必要な電圧を得ることができる。青と緑の線は製造条件が異なり、低磁場で処理したもの(青)と磁性材料の密度の低い(緑)ものとなっている(出所:KEK Webサイト)

新磁性体コアは原料のアモルファスを熱処理し、ナノメータサイズの結晶を析出させたもので、厚さは現在J-PARCで使用されているものの7割となっている。

熱処理過程で強力な磁場をかけることで結晶の持つ磁化容易軸が磁場の方向に平行に揃った磁性材料を作ることができるが、この磁場の向きを工夫し、ビームを加速する際に磁性体内に生じる高周波磁場がこの磁化容易軸と直交するようにすることで、ナノ結晶を低い高周波損失の状態とした。

高性能磁性体の写真。直径80cm、厚さ2.5cmのドーナツ形状をしており、厚さ13μmの薄いアモルファスリボンを巻いたものを磁場中で熱処理することで、磁化容易軸の向きの揃ったナノメーターサイズの結晶粒を形成した(出所:KEK Webサイト)

同磁性体コアは磁場中熱処理炉で製造されるが、この装置が置かれているJ-PARCのハドロンホールは、J-PARC施設の中でも東日本大震災による被災の大きかった場所で、ハドロングループ、低温グループの協力を得て、今回の量産にこぎつけたという。また、この磁性体製造で鍵となるアモルファス状態からナノメータサイズの結晶形成過程については、その過程を詳細に調べるために同じJ-PARCのMLF(物質・生命科学実験施設)の世界最強クラスのミュオンビームを用いた高温でのμSR技術が使われているという。

金属磁性体を熱処理するためのオーブンと磁場をかけるための大型電磁石の量産に成功した加速器グループの写真。旧東京大学原子核研究所のFMサイクロトロンで使用されていたもので、原子核実験のためにJ-PARCハドロンホールに移設されたものを借りている(出所:KEK Webサイト)

なお、今回の量産試験は約2週間実施され、1日1枚を安定して製造できることが確認されたことから、KEKでは今後、同磁性体コアを用いた高勾配な高周波空洞を製造し、従来以上の高い性能を目指すとしているほか、別の大型電磁石と今回使用した熱処理炉を組み合わせることで、本格的な量産体制の構築も進めていくとしている。