高輝度光科学研究センター(JASRI)は、東北大学、東京大学物性研究所などと共同で、大型放射光施設「SPring-8」の軟X線固体分光ビームライン「BL25SU」において、21Tの磁場を用いた軟X線分光実験に成功し、ネオジム磁石を含むほぼすべての実用磁気材料について軟X線磁気円二色性(MCD)による磁気分析を可能にしたことを発表した。同成果は、JASRIの中村哲也主幹研究員、東北大学の鳴海康雄准教授、東京大学の金道浩一教授らの共同研究で得られたもので2011年5月24日に日本応用物理学会の英文雑誌「Applied Physics Express(APEX)」(オンライン版)に掲載された。

これまで軟X線MCD実験用の強磁場発生装置には、超伝導磁石が用いられてきたが、超伝導磁石は安定した磁場が得られるものの、現状では約20Tが限界となるため、将来の40T以上での実験の実現に向け、研究グループは硬X線MCDと同様のパルス磁場方式を軟X線MCDに採用することを検討した。

パルス磁場は、電源装置に蓄えた電気を磁場発生コイルに一気に流し込むことで発生し、磁場の持続時間は短時間(0.001~0.1秒)ながら強烈な磁場が得られるという特長がある。

一方、軟X線では物質の透過能が0.1μm程度であり、硬X線実験のように透過したX線を測定するような吸収分光実験が難しいため、一般的には、試料による軟X線吸収量に比例して試料表面から飛び出してくる光電子の量を計測して吸収分光実験を行っている。この時、光電子の量は、電流に換算すると、約10億分の1Aに相当するため、20T以上のパルス磁場中で軟X線MCD の実験を行うためには、雷のようにパルス的に発生させる大電流と強磁場の近傍で、約10億分の1Aの電気信号を精度良く測定する必要があり、この課題をクリアするために、パルス磁場発生技術に精通する東北大学金属材料研究所と東京大学物性研究所のグループが、パルス磁場としては長時間の100分の5秒を実現し、急激な電流変化や磁場変化によるノイズ発生を低減、これまでSPring-8で得た軟X線MCD 測定技術の経験を活かして信号ケーブルや検出方法の徹底したノイズ対策を行った。

この結果、開発された実験装置が図1のパルス磁場軟X線MCD 測定装置で、超強磁場中の軟X線MCDの開発と実験は、SPring-8の軟X線ビームラインであるBL25SUで実施した。

図1 パルス強磁場発生装置を備えた軟X線MCD測定装置(左)と、測定チャンバの断面模式図(右)。磁場発生時にコイルが熱をもつため、常に液体窒素で冷却している。試料は磁場発生コイルを貫く真空パイプのなかにセットされており、軟X線の吸収量に比例して放出される光電子と同じ電荷に相当する電流が、電流アンプを通って補充される。すなわち、電流アンプを通過した電流量が軟X線吸収量に比例する

今回、測定した物質はHDDの読みとりヘッド用に用いられているCoFe/MnIr薄膜で、同試料は、すでに多くの軟X線MCD測定の実績があるものとなっている。図2は今回の研究で得られた最大21Tの磁場中における軟X線MCD実験の結果で、CoFe/MnIr薄膜のうちCoだけの磁性を選択的に取り出すことのできる軟X線エネルギー(780eV)にセットして測定を行った。

図2の横軸は磁場を発生しはじめてからの経過時間で、黒線で示した磁場強度は0msで急激に増加して、約3.3 msで最大の21Tに到達した後、約50msかけて緩やかに減衰していく様子が見て取れる。

図2 CoFe/MnIr薄膜のCoL3吸収端(780eV)における軟X線MCD測定結果

図2の赤線で示した左回り円偏光軟X線に対する吸収量と、青線で示した右回り円偏光軟X線に対する吸収量は、磁場を発生した後に青線と赤線の挙動に差が生じ、磁場発生前の値を基準にして上下対称になるように変化が生じている。軟X線MCD は赤線と青線の差分(緑線)で表されているので、図2において明瞭な軟X線MCDが観測され、測定に成功していることが分かる。

磁場の強さに応じて軟X線MCDの強度が変化しているため、図2の結果から横軸を磁場の強さ、縦軸を軟X線MCD強度に焼き直すと、図3が得られる。

図3 図2のMCD測定結果から得たコバルト(Co)だけの磁化曲線。黒線は測定データを直接プロットしたもので、赤丸は精度を上げるために0.25Tごとに生データを平均化した値のプロット

図3の曲線から、CoFe/MnIr中のCo原子が2T以上で飽和に達する強磁性であることが確認できた。図2とあわせ、図3の結果も今回開発した実験技術が確かなものであることを証明しているほか、図2と同様の測定を軟X線のエネルギーを変化させながら繰り返し行うことで、軟X線MCDスペクトルの磁場依存性のグラフ(図4)が得られることも示された。

図4 図2と同様の測定を軟X線のエネルギーを変化させながら繰り返し行うことで得た軟X線MCDスペクトルの磁場依存性

今回、示されたCoFe/MnIr薄膜はHDDの読み取りヘッド素子材料として利用されているが、MnIr合金は外部磁場に応答しにくい反強磁性体と呼ばれる磁性を持っている。近年まで、反強磁性体は磁性研究の基礎的な興味対象であっても、材料として利用されることはなかったものの、現在では反強磁性体が磁気デバイスの機能の重要な役割を担っている。超強磁場を用いると反強磁性体に有効な変化を与えられるため、今回開発された測定技術は磁気デバイスに用いられる反強磁性体の磁性解明に貢献していくものと考えられると研究グループでは説明している。

また、HDDの読み取りヘッド材料だけでなく、測定に強い磁場が必要とされるレアアース磁石の研究にも新しい切り口を与えることが期待されるとも説明している。例えば、ハイブリッド自動車用モーターに使用されるネオジム磁石には高温環境でも性能を維持できるようにジスプロシウム(Dy)が多量に使用されているが、Dyは価格高騰が続いており、Dyの使用量を低減することが求められるようになってきている。軟X線MCDを用いると、Dyが磁石中でどのような磁性を持っているかを詳細に調べることができるようになるため、得られた情報から、Dyを代替する安価な元素(ユビキタス元素)を見出す研究が進むことが期待できるという。