産業技術総合研究所(産総研)は、配向した単層カーボンナノチューブ(単層CNT)の薄膜を伸縮性のある高分子基板の上に貼り付け、CNT膜の電気抵抗変化によってひずみを検出できるひずみセンサを開発した。英国の学術誌「Nature Nanotechnology」の3月28日(日本時間)のオンライン版に掲載された。

ひずみセンサは材料の変形を測定・評価する以外に、ウェアラブルデバイスの1つであるデータグローブなど人体の動きの検出にも用いられてきたデバイスだが、従来の金属製ひずみセンサでは検出できるひずみが5%程度までと小さいため、人間の動作範囲を制限してしまうという問題があった。

また、導電性材料と高分子との複合材料を用いたひずみセンサでは、100%程度までのひずみを検出できるが、急激なひずみの場合にはクリープ変形が生じてしまい、変形が安定してひずみが測定できるまでに100秒以上の時間がかかるほか、デバイスとしての耐久性についてはこれまでほとんど検討されていなかった。

産総研では、炭素純度の高い単層CNTの合成法であるスーパーグロース法を開発し、単層CNTのさまざまな用途開発を進めてきており、垂直配向した長尺の単層CNTフィルムを高密度化処理してシリコンウェハ上に倒伏させ、高密度配向CNTウェハを作製することにも成功、同CNTウェハを用いてCNT 3次元デバイスの大量作製も実現している。今回は、同高密度配向CNTウェハを、柔らかい基板の任意の位置に、任意の配向方向で貼り付ける技術を開発、CNTと伸縮性のある高分子基板を組み合わせた柔らかいデバイスの作成を実現し、ひずみセンサへの応用を試みた。

CNTひずみセンサは、シリコン基板上に触媒を線状にパターニングして合成した垂直配向単層CNTフィルムをシリコン基板からはがし、伸縮性のあるポリジメチルシロキサン(PDMS:シリコンゴムの一種)基板上に並べ、イソプロピルアルコール(IPA)に浸漬させることで、配向した単層CNTが高密度化して倒伏し、ファンデルワールス力により基板に接着することで作られる。この時、CNTの配向方向は、ひずみの方向と直交している。

また、スーパーグロース法によって合成したCNTを分散させた導電性ゴムとPDMSを使った接着剤を用いて、変形しても特性の変わらない柔らかい電極の接合法を新たに開発、CNTひずみセンサの両端に取り付けた。この電極により、電極も含めてすべてが伸縮するひずみセンサを作製することができたという。様々なサイズのひずみセンサを作ることができるとしているが、今回作製されたセンサのうち、最大のものは15cm×5cmであるという。なお、実験はすべて室温で行われた。

図1 CNTひずみセンサの作製法

CNTひずみセンサの特性は、従来の金属製ひずみセンサでは5%程度のひずみ測定しかできなかったが、CNTひずみセンサでは最大280%ひずみを測定できたという。なお、無配向のCNTを用いたひずみセンサでは、このような大きなひずみは測定できない。

また、1度目にひずみを与えたときと、2度目以降ではひずみに対し、異なる電気抵抗の変化を示し、2度目以降のひずみでは、傾きの異なる2つの線形領域を持っていた。しかし、150%までのひずみに対して1万回以上の繰り返し耐久性を持ち、急激な100%のひずみに対しても、3%程度のクリープしか生じず、それも5秒程度で安定しており、100%程度のひずみを測定できる導電性材料と高分子との複合材料(クリープ量:8.8%、減衰:100秒以上、文献値)と比べると、クリープ量も少なくその減衰も早い。さらに、ひずみに対する応答性も高速で、14ms程度の遅れで追随できることが確認された。

図2 CNTひずみセンサの特性(2aは最大280%ひずみを測定したグラフ、2b赤線は1度目にひずみを与えたとき、2b青線は2度目以降のひずみに対する異なる電気抵抗の変化)

研究チームが、CNTひずみセンサのメカニズムを解明するため、走査型電子顕微鏡を用いて表面を観察したところ、ひずみ前には、表面の凹凸は観測されなかったが、初めて100%のひずみを与えると、CNT表面に座屈が生じ、ひずみ方向と直交する方向(CNTの配向方向)に亀裂が確認された。

2度目以降は、ひずみを解除すると亀裂が収縮し、再度ひずみを加えると、初めに生じた亀裂が再度開いた。この亀裂の開閉により、伸縮性基板の動きにCNTが追随していることがわかったほか、走査型電子顕微鏡により、CNTの亀裂表面を詳細に観察したところ、同亀裂はCNTにより架橋されており、架け橋部分によって導電経路が確保されていることが判明した。

図3 CNTひずみセンサの伸縮メカニズムと電気抵抗変化モデル(aがひずみ前、bとeがひずみを初めて与えたときに生じたひずみ方向と直交する亀裂、cがひずみの解除による亀裂の収縮、dが再度加えたひずみによって、初めに生じた亀裂が再度開いた様子。fが亀裂がCNTにより架橋されている様子)

また、このメカニズムに対し、図3gに示すようなCNTの架け橋のモデルを導入し電気抵抗の変化を計算したところ、図2b青線の測定結果とよく一致したという。

さらに、CNTひずみセンサの応用として、呼吸・発声・手の動き・足の動きをモニタリングするデバイスを試作。測定結果を見ると、膝の動きをモニタリングするタイツでは、膝を曲げるとひずみが加わって電気抵抗が増加し、伸ばすとひずみが解放され電気抵抗が小さくなるが、足の動きに伴う電気抵抗の変化が検出できた。

また、ジャンプをするための膝の素早い屈伸動作と、着地に伴う衝撃を吸収する動作も検出できたほか、手袋の指それぞれにCNTひずみセンサを取り付け、指を動かすと各指の形状をすべて判別でき、データグローブとして利用の可能性を確認できたという。

図4 CNTひずみセンサを利用した膝や手指の動きのモニタリング(aが膝の動きをモニタリングするタイツ。bが足の動きに伴う電気抵抗の変化、cが手袋の指それぞれにCNTひずみセンサを取り付けた様子。そしてdがグローブの各指を動かしたときの電気抵抗の変化)

今回産総研が開発したCNTひずみセンサは人体の素早く、大きな動きも測定できるため、ウェアラブルデバイスへの応用が可能である。例えば医療分野において、リハビリテーションの際に患者の動きを妨げずにモニタリングすることや、呼吸モニタやデータグローブとしての利用も考えられるほか、コンピューターゲームの入力装置としてレクリエーション分野への応用も考えられると研究チームでは説明しており、将来は企業などとの連携を進め、デバイスの実用化研究を進めていくとしている。