東京大学 分子細胞生物学研究所の白髭克彦教授およびスウェーデン・カロリンスカ研究所のカミーラ・スヨーグレン博士らの研究グループは、東京工業大学の伊藤武彦教授の協力のもとに、DNAの複製が染色体の大きさに依存した方法で行われていることを明らかにした。同成果は、2011年3月2日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」(オンライン速報版)で公開された。

遺伝物質であるDNAは染色体として細胞核に収納され、その複製や転写などさまざまな機能がその中で営まれている。DNAはヒストンと呼ばれるたんぱく質と数珠状のヌクレオソーム構造を取り、らせん状に巻き取られて幾重にも折りたたまれ、染色体を形成しており1本のDNAから1本の染色体が形成される。ヒトの細胞に含まれるすべてのDNAはさまざまな長さの46本の断片に区切られ、計46本の染色体を形成しており、これらを全部つなげるとその長さはおよそ1.8mになる。

DNAの複製では、その二重らせん構造がほどかれ、それぞれのDNA分子を鋳型として新たなDNA分子が作られる。このらせん構造をほどくと、DNA複製開始点の前後では、DNAがさらにコイル状にねじれた超らせん構造が生じる。超らせん構造ができると、1度ほどいたDNAを再び巻き戻そうとする張力が発生する。

染色体に折りたたまれたDNA鎖とその複製

同DNAにかかった張力が蓄積するとDNAの複製が止まってしまうため、細胞内には超らせん構造を解消するための分子がいくつか存在しているほか、遺伝学的、生化学的なアプローチから、染色体の構築と動態に関係する数百個のたんぱく質が同定されている。

同研究グループはこれまで、DNAを再び巻き戻す張力を解消するための分子として、トポイソメラーゼとともにSmac5/6複合体が関与していることを明らかにしてきたが、DNAが高度に折りたたまれた染色体上で、これらの分子がどのように染色体上に分布して超らせん構造を解消し、DNAや染色体の複製を可能にしているのかはよく分かっていなかった。

研究グループは今回、染色体研究でよく用いられる酵母を用い、DNAらせんにかかった張力を解消するための分子を欠損した酵母との比較実験を実施した。その結果、Smac5/6複合体などの分子が欠損した酵母では、その染色体のサイズが大きくなるにつれてDNAの複製が遅れていることを見いだした。

そこで、染色体内に存在するすべてのDNAを対象に、染色体内のさまざまな場所で局所的に生じるたんぱくDNA相互作用を1度に精度よく解析することができるCHIP-seq法を用いて、DNAらせん張力を解消するための分子であるSmac5/6複合体について、その染色体上に結合する部位を高精度(ゲノムの全領域5塩基程度の誤差)で定量した。

その結果、Smac5/6複合体は、その染色体サイズに比例して結合密度が増加し、この現象は染色体の種類によるのではなくサイズに依存していることが分かった。例えば、Smac5/6複合体への結合密度が高い染色体を人工的に短くした場合、その結合密度は低下していた。

さらにこの結合とDNAらせん張力との関係を調べるため、DNAらせん張力を解消する別の分子であるトポイソメラーゼIIの働きを止め、人工的にDNAらせん張力が増加した状態を作ったところ、Smac5/6複合体の結合が増加していたという。

DNA複製時に生じる超らせん構造とSmc5/6の作用点。

1. DNAの複製は左から右に進んでいる
2. DNA複製点では、複製前の二本鎖DNAが巻き戻しされ、1本鎖となる
3. DNA鎖の巻き戻しにより、DNA複製点の前方では超らせん構造が生じる
4. DNA鎖の巻き戻しにより、DNA複製点の後方でも、超らせん構造が生じる 5. Smc5/6複合体は、DNA複製点後方で発生した超らせん構造を固定することにより、DNAらせんにかかったトポロジカルストレスを抑制する

このことから、染色体はそのサイズが大きくなるにつれて蓄積するDNAらせん張力の基となる超らせん構造の張力を解消するため、Smac5/6複合体を積極的に染色体内に引き寄せていることが明らかになった。

同成果により、DNA複製時に生じるらせん張力と染色体高次構造と相互作用が明らかになることで、いかにして生物の染色体が安定性を保っているかの解明が進むものと期待されると研究グループでは説明している。

また、真核生物染色体に関する複製機構の理解が進むことにより、より高次の染色体構造、動態の違い、機能的連携のメカニズム解明にも貢献することも期待できるとするほか、さらに今回の研究で使用されたChIP-seq法は、今後、真核生物の染色体上の領域の基本的機能要素がどのように柔軟かつダイナミックな染色体構造を作り上げているかを解明していくための極めて有用な手法であると考えられるとしている。

一方、染色体内のDNAらせん張力の制御において中心的な役割を果たすトポイソメラーゼは、がん治療の重要なターゲットとされていることから、Smc5/6複合体の作用は医学応用への視点においても重要な情報となり、染色体異常に対する治療薬開発、染色体工学や合成生物学などの研究に役立つものと期待されるとも説明している。